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異世界北海道 夫を探して異世界へ来たら、夫にはもう妻がいました ~食堂酒場を開き、幸せになります~  作者: 雫石しま


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第74話 秋祭りと青い石

 九月中旬――。


 十勝平野は黄金色に色づき、実りの秋を迎えていた。


 町の大通りには色鮮やかな旗が風にはためき、教会の鐘が高らかに鳴り響く。


 年に一度の秋祭り。


 ヴェダー亭はお休み。


 朝から露店が立ち並び、焼きとうもろこしやソーセージの香ばしい匂いが辺り一面に漂っていた。


「すごい人ですね」


 私は麻のワンピースの裾を押さえながら、人混みを見渡した。


 隣ではテオが穏やかに微笑んでいる。


「毎年、この祭りだけは町中の人が集まりますから」


 今日は仕事も忘れて、一緒に祭りを見て回る約束をしていた。


 ヴェダーたちはシマエナガの羽根の中で留守番。


 チョボたちも鶏小屋で大人しくしている。


 久しぶりに二人きりだった。


 石畳を歩くたび、賑やかな笑い声が耳へ飛び込んでくる。


「爽子ちゃん!」


 焼き栗の露店のおじさんが大きく手を振った。


「こんにちは!」


「今日も仲がいいねぇ」


 ニヤリと笑う。


 私は思わず頬を赤くした。


「ち、違います」


「ははは!」


 隣の魚屋のおばさんまで笑い出す。


「テオさん、もっとしっかり手を引いてあげなきゃ駄目だよ」


「えっ……」


 テオまで耳を赤くして眼鏡を押し上げた。


「わ、私たちは、その……」


「はいはい、分かってる分かってる」


 露店の人たちは楽しそうに笑うばかりだった。


 私たちは顔を見合わせ、小さく苦笑するしかない。




◇◇◇




 祭りの広場を歩く。


 木彫りの熊。


 革細工。


 陶器。


 色鮮やかな織物。


 どの店も活気にあふれていた。


「このお皿、可愛いですね」


「窯じいの作品ですね」


 焼き物を眺めながら歩く。


 次は古道具屋。


 古びたランプや時計、真鍮の食器が所狭しと並んでいた。


「この時計、まだ動くのかな」


「修理すれば動くと思います」


 テオは一つひとつ丁寧に眺めていく。


 その真面目な横顔に思わず笑みがこぼれた。


 さらに歩くと、小さなアクセサリーの露店が目に入る。


 木箱いっぱいに並ぶ髪飾り。


 指輪。


 耳飾り。


 どれも素朴ながら美しかった。


「わぁ……」


 私は思わず立ち止まる。


 その中に、一つだけ目を奪われる髪飾りがあった。


 銀細工の土台に、小さな青い石が埋め込まれている。


 まるで澄み切った秋空を閉じ込めたような色だった。


「綺麗……」


 思わず手に取る。


 陽の光を浴びるたび、青い輝きが静かに揺れた。


「気に入ったのかい?」


 店主のおばあさんが微笑む。


「はい、とても」


「それは珍しい石なんだよ」


「珍しい?」


「ア・バーシリーの山でしか採れない青石さ」


 その一言だった。


 胸が、小さく痛んだ。


(ア・バーシリー……)


 熊ちゃん。


 今、その地を治めている人。


 元夫。


 楽しかったラーメン屋の日々。


 一緒に厨房へ立った毎日。


 忘れたはずの記憶が、青い石とともによみがえってくる。


「爽子さん?」


 隣でテオが心配そうに覗き込んだ。


「……あっ」


 私は慌てて笑顔を作る。


「綺麗な石だなって思って」


 テオは青い髪飾りを手に取り、しばらく眺めていた。


「確かに」


 小さく頷く。


「爽子さんによく似合いそうです」


「え?」


 私が驚いている間に、テオは店主へ向き直っていた。


「これをください」


「はいよ」


「えっ、ちょっと!」


 止める間もなく銀貨が渡される。


 包まれた髪飾りが、私の手の中へそっと置かれた。


「これは……」


「いつもお世話になっていますから」


 照れくさそうに眼鏡を押し上げる。


「受け取っていただけると嬉しいです」


 私は包みを両手で握り締めた。


「ありがとうございます……」


 本当なら。


 今、言わなければ。


 こんな優しい人だからこそ。


「テオさん」


「はい」


 祭囃子が遠くから聞こえてくる。


 風が白樺の葉を揺らした。


「私……」


 喉まで込み上げた言葉。


 離婚歴があること。


 熊ちゃんという人がいたこと。


 その熊ちゃんが、ア・バーシリー辺境伯として今も生きていること。


 全部。


 全部、話さなければ。


 そう思うのに。


 その時、秋風が広場を吹き抜け、祭りの太鼓がドン、と大きく鳴り響いた。


 私の小さな声は、その音にかき消される。


「何か言いましたか?」


 テオが首を傾げる。


 私は青い石の髪飾りを胸へ抱き寄せ、小さく首を振った。


「……ううん」


 笑顔を作る。


「なんでもありません」


 青く澄んだ石は、秋の陽射しを受けて静かに輝いていた。


 その色は、遠く離れたア・バーシリーの青い山々を思い出させるようで、私の胸には、まだ誰にも話せない秘密だけが重く残っていた。

お読みいただきありがとうございます


⭐︎ での応援とても励みになります


これからも爽子の旅を応援していただければ嬉しいです

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