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異世界北海道 夫を探して異世界へ来たら、夫にはもう妻がいました ~食堂酒場を開き、幸せになります~  作者: 雫石しま


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第68話 レオンハルトとテオ

 カラン、コロン。


 午後の穏やかな時間。


 ヴェダー亭の扉につけた小さな鐘が、澄んだ音を鳴らした。


「いらっしゃいませ」


 顔を上げると、柔らかな陽射しを背に、一人の青年が立っていた。


 金色の髪が午後の光を受けてきらりと輝く。


 白い上着にビロードのベスト。


 胸元には小さな百合の紋章が刺繍されている。


「こんにちは、爽子さん」


「レオンさん」


 思わず笑顔になる。


 今日は騎士の姿はなく、一人だった。


 それでも立ち居振る舞いはどこか上品で、町の人とは違う空気を纏っている。


「お忙しいところ失礼します」


「いいえ、ちょうど落ち着いたところです」


 ヴェダーたちは葉っぱを揺らしながらカウンターの陰から顔を出した。


「ヴェダー」


「こんにちは」


 レオンは腰をかがめ、小さな彼らへ優しく手を振る。


「元気そうですね」


「ヴェダー!」


 すっかり顔馴染みになったらしい。


 私は窓際の席へ案内した。


「今日は何になさいますか?」


 レオンは木製のメニューを眺め、小さく微笑む。


「どんぐりコーヒーを一杯。それから……」


 少し考えて、


「胡桃のクッキーをお願いします」


「かしこまりました」


 私はキッチンへ向かった。


 麻袋から焙煎したどんぐりを取り出し、石臼で細かく挽く。


 胡桃のクッキーは朝焼いたばかりだ。


 籠の中には、こんがり狐色に焼き上がったクッキーが並んでいる。


 けれど、皿へ乗せようとした手が止まった。


「……これでいいのかな」


 町では身分を隠しているけれど、本来なら王家に連なる公爵家のご子息だ。


 どんぐりコーヒー。


 胡桃のクッキー。


 どちらも素朴な田舎のおやつでしかない。


 もっと豪華なお菓子を出すべきなのではないか。


 ふと不安になる。


「ヴェダー?」


 一匹のヴェダーが心配そうに葉っぱを傾けた。


「大丈夫かなぁ……」


 悩みながらも、焼きたてのクッキーを三枚、木皿へ並べる。


 どんぐりコーヒーを丁寧にドリップし、香ばしい香りが立ち上ったところでカップへ注いだ。


「お待たせしました」


 レオンは嬉しそうに頷く。


「ありがとうございます」


 まずコーヒーを一口。


 ふわりと香りを楽しむように目を閉じる。


「……美味しい」


 その一言に胸を撫で下ろした。


 続いて胡桃のクッキーを口へ運ぶ。


 サクッ。


 軽い音が店内へ響いた。


「胡桃の香りがいいですね」


「本当ですか?」


「ええ」


 レオンは穏やかに笑う。


「華やかな菓子も好きですが、私はこういう素朴な味の方が落ち着きます」


「良かった……」


 思わず本音が漏れた。


「実は、公爵家のご子息にこんな質素なものをお出ししていいのか、少し悩んでしまって」


 レオンは吹き出した。


「お気遣いなく」


 優しく首を振る。


「身分を忘れて、ここへ来られるから好きなんです」


 その言葉が嬉しかった。


 窓の外では、水車が今日もゆっくりと回っている。


 ゴトン。

 ゴトン。


 規則正しい音が風に乗って聞こえてくる。


 レオンも窓の外へ目を向けた。


「あの水車、町の名物になりましたね」


「おかげさまで」


「コーンスターチも順調ですか?」


「はい。毎日たくさん挽いています」


 ヴェダーたちも葉っぱを揺らして胸を張る。


「ヴェダー!」


 レオンは笑った。


「それから、歌うトマトも見ました」


「聞こえました?」


「市場でも噂ですよ」


 少し照れくさい。


「歌まで歌う野菜なんて初めて見ました」


「私もです」


 二人で笑う。


 その時だった。


 カラン、と鐘が鳴った。


「こんにちは」


 聞き慣れた声だった。


「テオさん」


 テオは資料を抱えたまま店へ入ってくる。


「書類を届けに……」


 そこでレオンへ気づいた。


「これは、レオンハルト様」


「こんにちは、テオ」


 自然な笑顔で挨拶を交わす。


 テオは軽く頭を下げた。


 レオンも穏やかに頷く。


 私は三人分のコーヒーを淹れようと席を外した。


 その背中を見送りながら、テオが静かに口を開く。


「レオンハルト様」


「何だい?」


「一つ、お尋ねしてもよろしいでしょうか」


 レオンは微笑んだまま頷く。


「どうぞ」


 テオは銀縁眼鏡を指先で押し上げる。


「最近ずいぶん頻繁に、この店へいらっしゃっていますね」


「ああ」


「ラーメンがお気に召したのでしょうか」


 レオンはどんぐりコーヒーを一口飲み、ゆっくり答えた。


「もちろん料理も好きだ」


 窓から差し込む光が金色の髪を照らす。


「だが、それだけではない」


「……と、申しますと?」


 レオンはヴェダーたちが楽しそうに走り回る店内を見渡した。


 そして厨房で笑顔を浮かべながらコーヒーを淹れる私に静かに視線を向ける。


「この店へ来ると、不思議と心が安らぐ」


 その穏やかな言葉に、テオは小さく息を吐き、静かにコーヒーカップへ視線を落とした。


Xのスペースにて12:00〜13:00 昼だ!小説を書いてもモチベが上がらない 主催 遊びに来てくださいね♡


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