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異世界北海道 夫を探して異世界へ来たら、夫にはもう妻がいました ~食堂酒場を開き、幸せになります~  作者: 雫石しま


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第67話 サクサクのトンカツとテオの告白

店へ戻ると、ヴェダーたちが一斉に葉っぱを揺らして駆け寄ってきた。


「ヴェダー!」


「ただいま」


 私は籠をキッチンカウンターへ置く。


 豚ヒレ肉、小麦粉。


 そして昨日焼いたパン。


「今日は新しい料理を作るよ」


「ヴェダー!」


 昨日のパンはすっかり硬くなっていた。

 

 おろし金でゆっくり削る。


 シャッ、シャッ、シャッ。


 香ばしいパンの香りとともに、細かなパン粉が木のボウルへふんわりと積もっていく。


「これで衣は大丈夫」


 チョボの鶏小屋へ向かう。


「チョボ、こんにちは」


「コケッ」


 雌鶏が餌を啄みながら寄ってくる。


 藁の上には、まだ温かな卵が三つ並んでいた。


「ありがとう」


 大事そうにエプロンのポケットへしまい、店へ戻る。


 豚ヒレ肉をまな板へ置き、包丁で均等な厚さに切り分ける。


 包丁の背で軽く叩くと、肉が少しずつ柔らかくなっていく。


 岩塩と胡椒を軽く振る。


「さて」


 小麦粉。


 卵。


 そしてコーンスターチ。


 そこまで準備した時だった。


 コンコン。


 控えめなノックが響いた。


「はい」


 扉を開けると、そこにはテオが立っていた。


 肩には大きな麻袋を担いでいる。


「こんにちは」


「テオさん!」


 彼は少し照れたように麻袋を下ろした。


「水車で挽いた最初のコーンスターチです」


「もう出来たんですか!」


「試作品ですが」


 麻袋の口を開く。


 中には雪のように白いコーンスターチがぎっしり詰まっていた。


 指で摘まむと、さらさらと零れ落ちる。


「すごい……」


 私は思わず見惚れた。


「ありがとうございます」


「いえ」


 テオは照れくさそうに眼鏡を押し上げた。


「一番に爽子さんへ届けようと思いまして」


 その一言に胸が少し温かくなる。


「ちょうど良かったです」


「?」


「今から新しい料理を作るところなんです」


「またですか」


 テオは苦笑した。


「今日は何を?」


「トンカツです」


「……初めて聞く名前です」


「ふふっ」


 私はエプロンを結び直した。


「手伝っていただけますか?」


「もちろんです」



◇◇◇



 豚肉へ小麦粉をまぶす。


 次に溶き卵をくぐらせる。


 最後にパン粉をぎゅっと押し付ける。


「なるほど」


 テオは興味深そうに眺めていた。


「この順番に意味が?」


「あります」


 私は笑う。


「こうすると衣が剥がれにくいんです」


「勉強になります」


 ラードをたっぷり入れた鍋が温まる。


 菜箸を入れると、小さな泡がふわりと浮かんだ。


「ちょうどいいかな」


 肉をゆっくりと油へ沈める。


 ジュワァァァ……。


 店いっぱいに心地よい音が響いた。


 ヴェダーたちは鍋の周りをぐるぐる回る。


「ヴェダー!」


「熱いから近付いちゃ駄目」


 狐色になったところで裏返す。


 香ばしい香りが店中へ広がった。


「これは……」


 テオが思わず唾を飲み込む。


「いい匂いですね」


「もう少しです」


 衣がきつね色になったところで取り出し、網の上で休ませる。

 

包丁で切る。


 サクッ。


 軽やかな音とともに断面から肉汁が溢れた。


「成功」




◇◇◇




 二人分の皿へ盛り付ける。


「いただきます」


 千切りキャベツ。


 トマト。


 そして揚げたてのトンカツ。


 木苺のワインもグラスへ注いだ。


「いただきます」


「いただきます」


 テオは恐る恐るフォークを刺す。


 衣が心地よく砕けた。


 一口。


 サクッ。


 そのあと、しっとり柔らかな豚肉が口いっぱいに広がる。


「……これは」


 目を丸くした。


「衣が軽い」


「コーンスターチを少し混ぜたんです」


「なるほど……」


 何度も頷いている。


「肉も柔らかい」


「美味しいですか?」


「はい」


 その一言だけだったが、とても嬉しそうだった。


 私も一口食べる。


 サクサク。


 豚肉は驚くほど柔らかい。


「うん、美味しい」


 二人で顔を見合わせ、自然と笑ってしまう。


 どこか照れくさい。


 トマトに生姜、話そうと思えば話題はいくらでもあるのに、不思議なくらい静かな時間だった。


 窓の外では白樺が風に揺れ、ヴェダーたちはパン粉の欠片を大事そうに抱えて食べている。


 木苺のワインを一口。


 もう一口。


 テオの頬がほんのり赤くなってきた。


「さわ......さわ......爽......子さん」


「はい?」


 初めての名前呼びに私の胸はドキドキと音を立て、彼はグラスを置いた。


 何かを決心したように私を見る。


「私は……」


 そこで言葉が止まる。


 しばらく黙ったあと、小さく笑って首を振った。


「……いえ」


「?」


「今日は、この料理をご馳走になったお礼だけ伝えます」


 照れ隠しのようにワインを飲み干した。


「とても、美味しかったです」


 私は少しだけ首を傾げた。


「何か言いかけました?」


 テオは耳まで赤くしながら眼鏡を押し上げる。


「……また今度にします」


 その横顔を見ていると、私まで頬が熱くなってしまう。


 店の中には、揚げたてのトンカツの香りと、少しだけ甘酸っぱい沈黙が、夕暮れの光と一緒に静かに流れていた。

いつもお読みいただきありがとうございます


⭐︎ やスタンプでの応援に励まされています


テオは爽子に何を告げようとしたのか......

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