第65話 水車小屋での再会
十勝川から引いた用水路は、朝日を受けて銀色に輝いていた。
さらさらと流れる水は、町の外れに建てられた木造の小屋へと流れ込み、大きな水車をゆっくりと押し始める。
ギィ……。
ギィ……。
まだ試運転の段階だが、水車は力強く回り始めていた。
「回った!」
大工の一人が歓声を上げる。
「ヴェダー!」
八匹のヴェダーたちも葉っぱを揺らしながら飛び跳ねた。
私は思わず拍手をする。
「すごい……」
最初にテオから水車の話を聞いた時は、本当に実現できるのか半信半疑だった。
けれど、ギルドの職人さんたち、大工さん、水路を掘った町の人たち。
みんなが力を合わせた結果、本当に形になった。
用水路の脇には新しい石積みが続き、水が溢れないよう丁寧に整えられている。
木の香りが漂う建築現場では、職人たちが最後の仕上げに忙しそうに動き回っていた。
「上田さん」
振り向くと、テオが図面を丸めながら歩いてくる。
銀縁眼鏡の奥の目がどこか誇らしげだった。
「順調ですね」
「はい」
私は大きく頷く。
「思っていたより立派です」
水車を見上げる。
「これでデントコーンを効率よく粉にできます。」
「コーンスターチもたくさん作れますね」
「ええ」
テオも嬉しそうに微笑んだ。
ヴェダーたちは回る水車を追いかけて、ぐるぐると同じように回り始める。
「ヴェダー!」
「目が回っちゃうよ」
そう言うと、本当に一匹がふらふらとよろけて尻もちをついた。
「ヴェ……」
その姿に職人たちがどっと笑う。
穏やかな空気が流れていた。
その時だった。
遠くから蹄の音が響く。
カッポ。
カッポ。
石畳ではない。
草原を踏みしめる柔らかな足音だった。
職人たちが一斉に顔を上げる。
「誰だ?」
白樺並木の向こうから、一頭の白馬が姿を現した。
陽光を浴びた純白の毛並みは眩しく、風にたなびく黄金色の髪がよく映える。
「……レオンさん」
思わず声が漏れた。
その後ろには青いマントをまとった騎士が四人。
月桂樹ではなく、トーカチー公爵の百合を模した紋章が胸に輝いている。
以前、市場で会った気さくな青年とは違う。
今日は公爵家の令息としての装いだった。
白馬が静かに足を止める。
レオンは軽やかに馬から降りた。
「こんにちは、爽子さん」
いつもの柔らかな笑顔だった。
「こんにちは」
私は頭を下げる。
「今日はどうされたんですか?」
「水車が完成間近だと聞いて」
辺りを見渡す。
「ぜひ一度、この目で見たかったんです」
職人たちも慌てて頭を下げた。
「レオンハルト様!」
「ご覧いただけるとは光栄です!」
レオンは照れくさそうに笑った。
「今日は視察ではありません」
水車へ近づく。
「一人の町民として見学に来ただけです」
そう言われても、誰も肩の力は抜けない。
テオが前へ出た。
「レオンハルト様」
「テオ」
二人は顔見知りらしい。
「順調ですね」
「はい」
テオは水車を見上げる。
「これでデントコーンを大量に粉砕できます」
「素晴らしい」
レオンは木製の歯車を興味深そうに眺めた。
「これも爽子さんの発案だそうですね」
「私は、水車を使えないかなって思っただけです」
「その一言が町を変えました」
レオンは真っ直ぐ私を見た。
「新しい発想は、いつも外からやって来るものですね」
少し照れくさい。
「そんな、大げさですよ」
「いいえ」
レオンは静かに首を振る。
「トーカチーは今、とても活気があります」
市場。
ヴェダー亭。
水車。
歌うトマト。
町全体が少しずつ変わり始めている。
「これからもっと面白くなりますね」
そう言って笑うレオンの横顔は、どこか少年のようだった。
その時、水車が勢いよく回り始めた。
ザァァァァ――。
用水路の水量が増え、大きな羽根が力強く回転する。
ギギギ……。
ゴトン。
歯車が噛み合う。
初めて聞く重厚な音が辺りへ響いた。
「回った!」
職人たちが歓声を上げる。
ヴェダーたちは葉っぱを振り回して飛び跳ねた。
「ヴェダー!」
シマエナガも空高く舞い上がり、
「ジュリッ!」
と嬉しそうに鳴いた。
私たちは、勢いよく回る水車を並んで見上げる。
その水音は、これから始まる新しい十勝の未来を祝福しているように、いつまでも爽やかに響き続けていた。
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テオとレオンは顔見知りのようですが......これから爽子とどんな関係になるのでしょうか




