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異世界北海道 夫を探して異世界へ来たら、夫にはもう妻がいました ~食堂酒場を開き、幸せになります~  作者: 雫石しま


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第61話 生姜抜きの豚丼なんて豚丼じゃない

 十勝地方といえば、やっぱり豚丼だ。


 炭火でこんがりと焼き上げた豚肩ロース。


 舌にコッテリと絡みつく醤油と砂糖の甘辛いタレ。


 そして、あとから鼻へ抜ける生姜の爽やかな辛味。


 熱々の白いご飯に、そのタレがじんわりと染み込み、箸が止まらなくなる。


「食べたいなぁ……」


 私はカウンターに頬杖をつきながら、小さく呟いた。


 ヴェダーたちは葉っぱを揺らし、不思議そうに私を見上げる。


「ヴェダー?」


「豚丼っていう料理なの」


「ヴェダー!」


 分かったような、分からないような返事だった。


 私は思わず笑ってしまう。


 豚肉はある。


 醤油もある。


 砂糖も手に入る。


 けれど、一つだけ決定的に足りないものがあった。


「生姜よねぇ……」


 市場で何度か見かけたことはある。


 小さな木箱へ丁寧に並べられ、鍵付きの硝子ケースへ収められていた。


 値札を見ると、金貨一枚。


 思わず二度見したほど高価だった。


 店主に理由を尋ねると、苦笑いしながら教えてくれた。


「生姜は薬草だからね」


 風邪薬。


 胃薬。


 身体を温める万能薬。


 この異世界では、料理ではなく医薬品として扱われているらしい。


「なるほどね……」


 だから誰も料理には使わない。


 勿体ない。


 あんなに美味しいのに。


「だったら……」


 私は立ち上がった。


「育てればいいんだ」


 その一言に、ヴェダーたちが一斉に葉っぱを揺らした。


「ヴェダー!」


◇◇◇


 翌日。


 私は朝の仕込みを終えると、ギルドへ向かった。


 石造りの建物は今日も静かで、受付ではテオが帳簿を開いていた。


「あっ、テオさん」


「上田さん」


 顔を上げた彼は穏やかに微笑む。


「今日はどうされましたか?」


「相談があります」


「はい」


 私はカウンターへ身を乗り出した。


「生姜って育てられますか?」


 その瞬間。


 テオの手が止まった。


「……生姜、ですか?」


「はい」


「どうしてまた」


「豚丼を作りたいんです」


「豚丼?」


 もちろん、この世界にはない料理だ。


「豚肉をご飯に乗せる料理なんです」


「なるほど」


 テオは頷いた。


「それに生姜が必要なんですね」


「はい」


「確かに、生姜は香りも良いですから」


 彼は顎へ手を当てて考え始めた。


「ただ……」


「難しいですか?」


「薬草園で少量栽培されていますが、食用として育てる農家は聞いたことがありません」


「やっぱり」


 私は少し肩を落とした。


 するとテオは小さく笑った。


「ですが、不可能ではありません」


「本当ですか?」


「ええ」


 彼は本棚から一冊の分厚い植物図鑑を取り出した。


 ページをめくる。


「生姜は暖かい土地を好みます」


「十勝でも育ちますか?」


「夏なら十分可能でしょう」


 ページを指差す。


「ただし、水はけの良い土壌が必要です」


「なるほど」


 私はメモ帳を取り出した。


「半日陰を好みますので、白樺の近くがいいかもしれません」


「うちの裏庭ならちょうど良さそう」


 テオも頷く。


「種生姜さえ手に入れば試す価値はあります」


「種生姜?」


「植え付け用の生姜です」


「市場にありますか?」


「一般には流通していませんね」


「そうですよねぇ」


 少し残念そうにすると、テオは何か思い付いたように顔を上げた。


「あ」


「どうしました?」


「薬草園です」


「薬草園?」


「ギルドが管理しています」


 彼は立ち上がる。


「責任者へ相談してみます」


「いいんですか?」


「ええ」


 少しだけ口元を緩めた。


「どうせ上田さんのことです」


「え?」


「生姜を育てたら、それだけでは終わりませんよね」


 私は照れ笑いした。


「豚丼だけじゃなく、生姜焼きも作りたいし」


「やっぱり」


「紅生姜も欲しいし」


「まだあるんですか」


「餃子にも使えます」


 テオは思わず額へ手を当てた。


「……また料理が増えるんですね」


「いっぱい増えますよ」


 私が笑うと、テオもつられて笑った。


「それならなおさら、生姜を増やさなければなりませんね」


「はい!」


 窓の外では、夏風が白樺を揺らしている。


 庭ではヴェダーたちが今日も葉っぱを揺らしながら水やりをしていた。


 豚丼。


 生姜焼き。


 餃子。


 頭の中には、次々と新しい料理が浮かんでくる。


 それを見透かしたように、テオが苦笑した。


「上田さん」


「はい?」


「あなたの頭の中には、まだ私たちの知らない料理が何百種類もあるのでしょうね」


 私は少し考えてから、にっこりと笑った。


「ええ。だから、一つずつ作っていきましょう」


 テオは静かに頷いた。


「では、その第一歩は生姜ですね」


 二人は顔を見合わせ、小さく笑い合った。


Xのスペースにて12:00〜13:00 昼だ!小説を書いてもモチベが上がらない 主催 遊びに来てくださいね♡


お読みいただきありがとうございます!

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