第60話 かき揚げを頬張るテオ
翌朝――。
私は大きな麻袋を肩に担ぎ、市場へ向かっていた。
白樺の葉を揺らす風は涼しく、露店には朝採れの野菜が所狭しと並んでいる。
今日の目的は決まっていた。
デントコーンだ。
デントコーンは人は食べない。家畜の餌になる。
「おはようございます!」
いつもの八百屋のおばちゃんが、元気よく手を振った。
「おや、爽子ちゃん!今日は何が欲しいんだい?」
私は露店の隅に山積みになっている黄金色のデントコーンを見つけ、思わず笑みが零れた。
「これ、全部ください」
「……全部?」
おばちゃんは目を丸くした。
「ええ!」
私は元気よく頷く。
おばちゃんは山になったデントコーンと私の顔を交互に見比べた。
「こんなに買ってどうするんだい?鶏の餌にでもするのかい?」
「コーンスターチを作るんです」
「コーン……スターチ?」
「はい」
首を傾げるおばちゃんへ、私は笑顔で説明した。
「デントコーンから白い粉を作るんです」
「粉?」
「料理に使うと、もちもちになったり、とろみがついたりするんですよ」
おばちゃんは腕を組み、しばらく考え込んだ。
「……さっぱり分からんねぇ」
「ですよね」
二人で顔を見合わせて笑った。
「でも爽子ちゃんの料理は間違いないからねぇ」
おばちゃんは豪快に笑い、次々と麻袋へデントコーンを詰め始めた。
「これもおまけだ!」
大きなデントコーンを一本、ぽんと放り込んでくれる。
「ありがとうございます!」
私は深々と頭を下げた。
そのやり取りを見ていた周囲の露店の人たちが、興味津々で集まってきた。
「また爽子ちゃんが新しい料理を考えたらしいぞ」
「今度は何を作るんだ?」
「ラーメンの次は何だ?」
「この前のいももちも美味かったなぁ」
いつの間にか、小さな人だかりができていた。
私は照れくさくなって頭を掻く。
「まだ試作なんですけどね」
「出来たら食べさせてくれよ!」
「もちろんです!」
市場には笑い声が広がった。
◇◇◇
ヴェダー亭へ戻ると、八匹のヴェダーが一斉に飛び出してきた。
「ヴェダー!」
「ただいま」
デントコーンの山を見るなり、葉っぱをピンと立てて歓声を上げる。
「今日は忙しいよ」
私はすり鉢を取り出した。
ゴリ、ゴリ、ゴリ……。
乾いた音が店内へ響く。
ヴェダーたちも小さな木槌を持ち出し、一生懸命デントコーンを砕き始めた。
「ヴェダー!」
「ありがとう」
砕いた粉を水へ晒し、沈殿させ、上澄みを捨てる。
その作業を何度も繰り返す。
汗に額が滲む。
腕が痺れる。
夕方には、真っ白なコーンスターチが木皿いっぱいに出来上がっていた。
「できた」
私は満足そうに頷いた。
今日は、この粉で新しい料理を作る。
「いただきます」
ジャガイモを千切りにする。
玉ねぎも細く。
人参も彩りよく刻む。
ボウルへ野菜を入れ、塩をひとつまみ。
そして出来たばかりのコーンスターチを加える。
「これくらいかな」
水を少しだけ加えて混ぜ合わせる。
木べらで持ち上げると、衣が野菜へ程よく絡みついた。
鍋でオリーブオイルを熱する。
ジュワァァァ――。
静かだった店内へ、一気に香ばしい音が響いた。
木杓子で丸くまとめながら油に落としていく。
シュワシュワと泡が立ち、衣が黄金色へ変わっていく。
「ヴェダー!」
ヴェダーたちは揚がる様子を見て葉っぱをぶんぶん振っていた。
シマエナガまで首を伸ばして覗き込んでいる。
「よし」
網へ上げる。
サクッ。
思わず一つ割ってみる。
湯気とともに玉ねぎの甘い香りが立ち上り、人参の鮮やかな橙色が顔を覗かせた。
「うん」
思わず笑顔になる。
そこへ、
「失礼します」
聞き慣れた声がした。
「テオさん!」
仕事帰りらしく、少し疲れた表情だったが、香りを嗅いだ瞬間、その目が輝いた。
「今日は何を作っているんですか?」
「かき揚げです」
「かき揚げ?」
「揚げ物です」
「揚げ物……ですか?」
皿へ盛り付け、一つ差し出す。
「熱いので気を付けてください」
テオは恐る恐る口へ運ぶ。
サクッ。
軽やかな音がした。
噛んだ瞬間、玉ねぎの甘みが口いっぱいへ広がる。
ジャガイモはほくほく。
人参は優しい甘さを添えていた。
「……これは」
もう一口。
さらにもう一口。
気付けば無言で食べ進めている。
「衣が……軽い」
驚いたように私を見る。
「コーンスターチです」
「これが……」
私は嬉しそうに頷いた。
「そうです」
その時だった。
店の外から声が聞こえた。
「爽子ちゃん!今日は何ができたんだ?」
「また新作か!」
「俺も食べたい!」
いつの間にか店の外には近所の人たちが集まり始めていた。
私は思わず笑ってしまう。
「まだ試作品ですよ!」
「試作品ならなおさら食べたい!」
そんな声が飛び交う。
ヴェダー亭は、今日も笑い声でいっぱいだった。
私は揚げたてのかき揚げを次々と皿へ盛り付ける。
テオはその様子を見ながら、小さく笑った。
「忙しくなりますね」
「はい」
私は頷く。
「嬉しい忙しさです」
店内ではヴェダーたちがお皿を運び、シマエナガは窓辺から楽しそうに「ジュリッ」と鳴いている。
夕暮れの柔らかな光が店いっぱいに差し込み、訪れた人たちの笑顔を照らしていた。
私はかき揚げを揚げ続けながら、ふと隣を見る。
テオも同じタイミングでこちらを見ていた。
目が合う。
二人は何も言わず、小さく微笑み合った。
新しい料理が生まれるたび、この町も少しずつ豊かになっていく。
そんな確かな手応えを、二人は賑やかなヴェダー亭の中で静かに感じていた。
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