第55話 異世界の料理で思うこと
異世界の食文化は質素だ。
そして北海道の味付けは、とにかく濃い。
煮崩れしたジャガイモに、大豆が主食。
副菜は肉や干し魚のグリル。
チーズはそのまま齧るだけ。
盛り付けは木皿にただ乗せただけで、彩りも繊細さのかけらもない。
ギルの宿屋で初めに出されたスープも、ドロドロの焦茶色で、とにかく味がくどかったのを覚えている。
大きな岩塩を、そのまま鍋へ放り込む。
野菜は形がなくなるまで煮込み、肉は焼くだけ。
素材の旨味を引き出すというより、塩味で食べる文化なのだろう。
もちろん、それが悪いわけではない。
厳しい冬を越えるためには、保存が利いて塩分の高い食事は理にかなっている。
けれど、私には少し寂しく感じた。
春に芽吹く山菜の香り。
夏野菜のみずみずしさ。
秋のきのこの旨味。
冬に湯気を立てる味噌汁。
北海道には四季があり、その季節ごとの味があった。
熊ちゃんと営んでいたラーメンヴェダー亭でも、季節によって少しずつ具材を変えていた。
アスパラガスが旬ならアスパラガスを。
とうもろこしが甘くなれば、味噌ラーメンに添えた。
だから私は、この世界でも季節を料理に閉じ込めたいと思った。
市場へ行くたびに、旬の野菜を眺める。
今日はどんな料理にしよう。
そんなことを考える時間が好きだった。
トマトが赤くなれば、トマトソースを作る。
バジルが育てば、香りを生かした料理を考える。
きのこが採れれば、コンソメスープへ入れる。
食材が「今日は私を使って」と話しかけてくるような気がした。
もっとも。
「キャー!」
包丁を入れられそうになったナスは今日も元気よく叫び。
「シクシクシク……」
手に持ったキャベツは泣き始める。
「ごめんね、いただきます」
謝りながら料理をするのも、この世界ならではだ。
ヴェダーたちはその様子を見て、葉っぱを揺らしながら笑っている。
「ヴェダー!」
シマエナガも「ジュリッ」と鳴いて、窓辺から見守っていた。
最近では町の人たちにも少しずつ変化が現れていた。
肉屋のご主人は、肉に振る胡椒の量を加減するようになった。
素材の味が活きる料理。
市場のおばさんは、トマトを輪切りにしてバジルを添えチーズと一緒に皿に盛り付けるようになった。
彩り豊かな食卓。
ギルから届いた手紙には、
『宿でも野菜を炒めてからスープに入れるようにしたら、お客が増えた』
と、嬉しそうな文字が並んでいた。
「良かった」
私は思わず笑顔になる。
料理は、お腹を満たすだけじゃない。
誰かを笑顔にするもの。
驚かせるもの。
季節を感じてもらうもの。
そして、人と人を繋ぐものだ。
ヴェダー亭へ集まるお客さんは、もうラーメンだけを目当てに来るわけではない。
「今日はおすすめは何だい?」
「畑で採れたトマトですよ」
「じゃあ、それを一つ」
そんな会話が、毎日のように交わされる。
私は厨房に立ち、旬の野菜を手に取る。
窓の外ではトマトたちが今日も陽気に歌っている。
「♪さわっこの畑で獲れたトマト♪」
「......いただきます」
私は包丁を握り、優しく微笑んだ。
「それじゃあ今日も、美味しい料理を作ろうか」
「ヴェダー!」
八匹の元気な返事が店いっぱいに響き、ヴェダー亭の一日が今日も賑やかに始まるのだった。
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