第50話 巡り巡る命
茶色いヴェダーが排泄したペレットは、茶褐色でカサカサしていた。
ころころと丸く、小指の先ほどの大きさだ。
「これ、どうしよう……」
私は箒とちりとりで集め、裏庭に置いてあったバケツへ入れていく。
カラカラ。
乾いた音がした。
恐る恐る鼻を近づけてみる。
「……あれ?」
嫌なアンモニア臭はない。
代わりに、どこか嗅ぎ覚えのある匂いがした。
肥料を混ぜた畑の土。
雨上がりの黒土。
そんな優しい土の香りだった。
「不思議」
茶色いヴェダーは少し離れたところで、申し訳なさそうに葉っぱをしょんぼりと垂らしている。
「ヴェダー……」
「気にしなくていいよ」
私はしゃがみ込み、頭の葉っぱをそっと撫でた。
「悪いことをしたわけじゃないもんね」
「ヴェダー」
少しだけ元気を取り戻したように、小さく頷く。
とはいえ、このまま裏庭へ積んでおくわけにもいかない。
「どうしたらいいんだろう」
バケツを抱えたまま考え込む。
燃やす?
それとも回収のおじさんに頼む?
でも、この世界にはゴミの分別なんてない。
説明するのも難しそうだ。
「うーん……」
ペレットの対処に途方に暮れながら、私はトマト畑へ向かった。
赤く色づき始めた実を眺め、土の乾き具合を確かめる。
テオに教わった通り、指で少し掘ってみる。
「今日はまだ水やりは大丈夫かな」
そんなことを考えていると。
「爽子さん、おはようございます」
背後から聞き慣れた声がした。
「……テオさん」
振り向くと、籠を抱えたテオが歩いてくる。
銀縁眼鏡が朝日にきらりと光った。
「おはようございます」
「おはようございます」
テオは畑を見回し、にこりと笑う。
「トマト、順調ですね」
「テオさんのおかげです」
「私は少し助言しただけですよ」
そう言って照れくさそうに笑う。
その時だった。
テオの視線が私の足元のバケツで止まる。
「あれは……何ですか?」
「あっ」
私は慌ててバケツを持ち上げた。
「実はね」
昨日現れた茶色いヴェダーのこと。
残ったラーメンのスープを飲んでいたこと。
そして今朝、この茶色いペレットを見つけたこと。
一つずつ説明する。
テオは真剣な表情で最後まで聞いていた。
「なるほど……」
眼鏡を少し押し上げる。
「少し見せていただいても?」
「もちろん」
バケツを差し出す。
テオは一粒摘み上げ、指先でそっと潰した。
ぱらり。
乾いた粒が細かく崩れる。
「匂いも確認します」
慎重に香りを確かめる。
それから、今度は土を少し掘り、その上へ欠片を置いて考え込んだ。
「どうですか?」
私は少し緊張しながら尋ねる。
しばらく黙っていたテオだったが、不意に目を丸くした。
「これは……」
「えっ?」
「驚きました」
テオはもう一度ペレットを手に取る。
「これ、肥料です」
「……へ?」
「しかも、かなり質のいい有機肥料だと思います」
「ええっ!?」
思わず大きな声が出た。
「本当に?」
「ええ」
テオは嬉しそうに頷いた。
「未熟な堆肥のような刺激臭がありませんし、十分に分解が進んでいます」
さらに細かく砕いて指先で転がす。
「繊維も細かいですね」
「そんなことまで分かるんですか」
「農業ギルドですから」
少しだけ胸を張る。
「これなら土へ混ぜても作物を傷める心配は少ないでしょう」
「じゃあ」
私はバケツを見る。
「捨てなくていい?」
「むしろ捨てるのはもったいないですね」
「もったいない?」
「はい」
テオは笑顔で頷いた。
「畑が喜びます」
その言葉に、胸の中の重たいものがふっと軽くなった。
「よかったぁ」
思わずその場にしゃがみ込む。
「また困ったことが増えたって思ってた」
「困ったことではありませんよ」
テオは優しく言った。
「爽子さんのお店から出るものが、また次の命を育てるんです」
私は茶色いペレットを見つめる。
ラーメンの残りスープを飲んだ茶色いヴェダー。
そのヴェダーが残したものが、今度は野菜を育てる。
「なんだか」
思わず笑みがこぼれた。
「ぐるっと一周してるみたい」
「ええ」
テオも畑を眺めながら微笑む。
「自然は、そういうものなんです」
その時。
「ヴェダー!」
当の茶色いヴェダーが、どこか得意げな顔で駆け寄ってきた。
胸を張り、葉っぱをぴんと立てている。
「あはは」
私はその小さな頭を優しく撫でた。
「あなた、とんでもない特技を持ってたんだね」
「ヴェダー!」
茶色いヴェダーは嬉しそうに葉っぱを揺らし、朝日を浴びながら誇らしげに胸を張っていた。
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