第48話 大切な約束
ガタン。
続いて、甲冑の擦れる音。
店の入口へ、濃紺の制服を着た騎士が現れる。
店内へ一歩入るなり、片膝をついた。
「レオンハルト様」
その一言で、店内の空気が止まる。
「そろそろお戻りいただくお時間です」
私は思わず目を瞬かせた。
「……様?」
レオンは困ったように苦笑する。
「ああ……隠すつもりはなかったのですが」
ゆっくりと私へ向き直る。
「改めまして」
胸へ右手を当て、一礼する。
「トーカチー公爵家の、レオンハルトと申します」
「…………え?」
頭の中が真っ白になる。
公爵家の息子?
市場で私を助けてくれた、あの優しい青年が?
「す、すみません!」
私は思わず頭を下げようとする。
しかしレオンは慌てて手を振った。
「どうかそのままで」
柔らかな笑みは、最初に店へ入ってきた時と何も変わらない。
「今日は一人の客として来たかったのです」
その言葉に、私はゆっくりと顔を上げた。
レオンは雛菊の花束へ目を向ける。
「あなたの料理をまた食べに来てもよろしいでしょうか」
私はようやく笑顔を取り戻し、大きく頷いた。
「もちろんです」
「公爵家のご子息でも、お客様はお客様ですから」
その返事を聞いたレオンは、どこか嬉しそうに微笑んだ。
◇◇◇
私は窓辺に肘をつきながら、小さくため息をついた。
店の前では、レオンを乗せた馬車がゆっくりと遠ざかっていく。
護衛の騎士たちも後ろに続き、その姿はやがて街路樹の向こうへ消えていった。
「ヴェダー?」
ヴェダーは葉っぱを揺らしながら窓の外をじっと眺め、不思議そうに振り向いた。
「トーカチーの偉い人なんだよ」
「ヴェダー」
よく分からないけれど、とりあえず納得したように頷く。
私は苦笑した。
「私も、まだよく分かってないんだけどね」
市場で初めて会った時は、礼儀正しい青年だと思った。
困っていた私を助けてくれて。
お店の開店祝いに雛菊の花束を持ってきてくれて。
ラーメンを食べて、「美味しい」と笑ってくれた。
それがまさか、公爵家の息子だなんて。
「びっくりしたなぁ」
思い出すだけで恥ずかしくて頬が熱くなる。
「もっとちゃんとした話し方をすればよかったかな」
いや。
敬語では話していたけれど、「どうぞどうぞ」なんて席へ案内したり、「熱いので気を付けてくださいね」なんて普通に声を掛けたり。
「失礼じゃなかったかな……」
「ヴェダー!」
一匹のヴェダーが勢いよく首を横に振った。
葉っぱまでぶんぶん揺れている。
「あはは」
「慰めてくれるの?」
「ヴェダー!」
今度は力強く頷いた。
その姿がおかしくて、思わず笑ってしまう。
「そうだよね」
レオンは最後まで公爵家の息子らしく振る舞わなかった。
偉そうな態度も。
身分を誇るような言葉も。
一度もなかった。
むしろ、椅子を引く時も、ヴェダーたちへ話しかける時も、私の料理を味わう時も。
どこまでも穏やかで、丁寧だった。
「だからかな」
私は花瓶へ飾った雛菊を眺める。
白い花が静かに揺れている。
「レオンさんはレオンさんなんだよね」
「ヴェダー」
ヴェダーたちも花を見上げて頷いた。
「また来てくれるかな」
「ヴェダー!」
七匹そろって元気よく返事をする。
「そうだといいな」
私は花瓶の水を替えながら微笑んだ。
身分なんて関係ない。
この店へ来れば、みんな同じお客様。
肉屋さんも。
テオも。
市場のおばあちゃんも。
そしてレオンハルト様も。
同じ椅子に座って、同じ丼でラーメンを食べる。
それがヴェダー亭だ。
「今度来た時も」
私は窓の外へ目を向ける。
夕暮れの風が暖簾をふわりと揺らした。
「チャーシュー、少し多めにしてあげようかな」
「ヴェダー!」
七匹が一斉に葉っぱを揺らす。
「えっ?」
「それじゃあ不公平?」
「ヴェダー!」
今度は全員が大きく頷いた。
「あはは、ごめんごめん」
私は笑いながら両手を合わせた。
「みんな同じだよね」
お客様は、みんな平等。
それが私の店の、一番大切な約束なのだから。
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レオンの登場にストーリーは動き出します




