第42話 窯じい、お願いします!
焼き上がった丼を抱えたまま、私は工房の中を見回した。
登り窯の前には大小さまざまな器が並び、どれも職人の手仕事らしい温もりが感じられる。
「……でも、これだけじゃ足りないな」
思わず本音が口から漏れた。
ラーメンは一人分だけ作る料理じゃない。
お客様が来れば、その人数分の丼が必要になる。
ヴェダーたちの分も欲しいし、いつか店が忙しくなれば十個、二十個と揃えなくてはいけない。
私が一つ一つ形を作っていては、とても間に合わない。
老人――窯じいは、私の顔を見てニヤリと笑った。
「困っとる顔だな」
「わかります?」
「長く焼き物をやっとりゃ、そのくらいはな」
私は焼き上がった丼を撫でながら、小さく笑う。
「実は、お店で使いたいんです」
「ほう」
「あと十個……できれば二十個くらい欲しくて」
窯じいは顎髭を撫でる。
「同じ形を揃えたいのか」
「はい」
私は頷いた。
「この器が気に入りました」
窯じいは丼を受け取ると、くるりと回して眺めた。
「なるほど」
口縁の厚み。
深さ。
底の丸み。
一つ一つ指先で確かめていく。
「これなら作れる」
「本当ですか!」
「わしを誰だと思っとる」
胸をどん、と叩く。
「五十年以上、この窯を守っとるんだ」
「すごい……」
「同じ形で十個でも二十個でも焼いてやる」
私は思わず顔を輝かせた。
「お願いします!」
「ただし」
窯じいは人差し指を立てる。
「一つ条件がある」
「条件?」
「その……らーめんという料理を食わせてくれ」
私は一瞬きょとんとして、それから吹き出した。
「あははっ」
「笑うな」
窯じいも照れくさそうに鼻を鳴らす。
「器は料理を盛って初めて完成する。どんな料理が入るのか、この目で見てみたいんだ」
その言葉が嬉しかった。
料理人の私が料理に誇りを持つように、この人は器に誇りを持っている。
「もちろんです」
私は力強く頷く。
「完成したら、一番最初に食べてもらいます」
「約束だぞ」
「はい」
窯じいは満足そうに笑った。
「じゃあ、明日から土を用意しておく」
「ありがとうございます」
「色はどうする?」
「この焼き色が好きです」
「飾りはいらんのか」
「はい」
私は焼き上がった丼を抱き締める。
「料理が主役ですから」
その一言に、窯じいはしばらく黙っていた。
やがて、小さく笑う。
「気に入った」
「え?」
「お嬢ちゃん、料理人向きだ」
私は少し照れながら頭を掻いた。
「ありがとうございます」
ヴェダーたちも事情が分かったらしく、嬉しそうに葉っぱを揺らす。
「ヴェダー!」
「これで、お店のみんなの分ができるね」
「ヴェダー!」
七匹はその場をくるくると回り始めた。
私は出来上がった一つ目の丼を大事に抱え、工房を後にする。
その後ろでは、窯じいがもう新しい粘土をこね始めていた。
ごつごつした大きな手が土を練る音を聞きながら、私は思わず微笑む。
ヴェダー亭のラーメンは、たくさんの人の力で少しずつ形になっていく。
そう思うと、胸の奥がぽかぽかと温かくなった。
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