第41話 窯じいとラーメン丼
「すみません、こんにちは」
市場から少し離れた森の中に、その陶芸窯はあった。
薄暗い茅葺き屋根の工房。
中はムワッと熱気がこもり、薪の燃える匂いと土の香りが混ざり合っている。
「こんにちはー」
私がもう一度声を掛ける。
籠の中には、あとは焼くだけの粘土の丼が三つ。
布を掛けて大事に運んできた。
「はいよ、なんだね……お嬢ちゃん」
工房の奥から、煤にまみれた顔を麻布で拭きながら高齢の男性が姿を現した。
白髪交じりの髭。
太い腕。
年齢を感じさせる皺だらけの顔なのに、その目だけは職人らしく鋭い。
「焼き物をお願いしたくて」
「ほう」
老人は私の籠を覗き込む。
「見せてみな」
「はい」
布をめくる。
三つの丼が姿を現した。
老人は一つを手に取る。
くるり。
くるり。
光へかざしながら眺める。
「ふむ」
底を軽く叩く。
「悪くない」
「本当ですか?」
「初めてにしちゃ上出来だ......面白い形だな......」
その一言だけで胸が熱くなる。
「ありがとうございます」
「ただな」
老人は縁を指でなぞる。
「少し厚い」
「あっ……」
「まあ、丼ならこれくらいでも丈夫でいいか」
再び頷く。
「誰に教わった?」
「独学です」
「独学?」
老人は目を丸くした。
「本を読んだわけでも?」
「はい」
「ほぉ……」
感心したように鼻を鳴らす。
「面白い娘だ」
工房の隅では、大きな登り窯が赤く燃えていた。
薪が爆ぜる音が響く。
ごう、ごうと熱気が流れ出し、顔が少し熱くなる。
「焼くなら今がちょうどいい」
老人は窯の扉を開いた。
真っ赤な炎がゆらりと揺れる。
「うわぁ……」
思わず息を呑む。
まるで火の中へ覗き込んでいるみたいだった。
「......乾燥は十分だな」
老人は私の丼を軽く叩きながら確認する。
「割れもない」
「お願いします」
「任せときな」
長い火箸を使い、一つずつ窯へ並べていく。
他にも皿や壺、大きな甕が焼かれていた。
その隙間へ、私の丼が静かに収まる。
扉が閉まる。
ゴウン。
重たい音とともに炎が見えなくなった。
「焼き上がるまで少しかかる」
「待っていてもいいですか?」
「好きにしな」
私は工房の隅にある木の椅子へ座った。
ヴェダーたちは興味津々で工房を歩き回っている。
「ヴェダー」
一匹がろくろを見つけた。
くるっ。
手で回す。
すると他のヴェダーも集まり、七匹で交代しながら回し始めた。
「ヴェダー!」
「ヴェダー!」
「壊すなよー」
老人が笑う。
「元気な連中だな」
「私の家族みたいなものです」
「そうか」
老人は薪をくべながら頷いた。
「工房っていいですね」
「毎日暑いぞ」
「でも楽しそうです」
「土は面白い」
炎を見つめたまま老人は言う。
「思った通りになる日もあるし、全部割れる日もある」
「全部……」
「火は気まぐれだからな」
少し笑う。
「だから焼き物は飽きん」
その言葉を聞きながら、私は窯の炎を眺めていた。
料理と少し似ている。
同じ材料でも、火加減一つで味が変わる。
だから面白い。
それからしばらくして。
「よし」
老人が窯を覗き込む。
「焼けたな」
ゆっくり扉を開く。
まだ熱気は残っているけれど、炎は落ち着いていた。
火箸で一つずつ器を取り出す。
私も思わず立ち上がる。
「……!」
思わず息を呑んだ。
に焼き上がった丼。
ほんの少しだけ灰がかかり、自然な模様になっている。
表面はざらざらとして味わい深く、口縁は柔らかく丸い。
「これ……」
「ヒビも入っていないな......明日、取りにおいで」
◇◇◇
恐る恐る両手で受け取る。
まだ少し温かい。
手のひらへじんわり熱が伝わる。
「綺麗……」
自分で形を作った器が、本物の焼き物になっていた。
嬉しくて、何度も角度を変えて眺める。
老人は満足そうに笑った。
「初めてなら十分だ」
「ありがとうございます!」
私は深々と頭を下げた。
「この器で何を食べるんだ?」
老人が尋ねる。
私は大事そうに丼を抱えながら笑う。
「ラーメンです」
「らーめん?」
「麺料理なんです」
「ほう、うまそうだな」
老人は首を傾げる。
「その器が料理を引き立ててくれるといいな」
「きっと引き立ててくれます」
私は焼き上がった丼をそっと撫でた。
卵麺。
豚骨スープ。
チャーシュー。
そして、この丼。
ようやく全部が揃った。
胸の奥がじんわりと熱くなる。
ヴェダーたちも焼き上がった丼を見上げて、嬉しそうに葉っぱを揺らした。
「ヴェダー!」
その声を聞きながら私は思った。
今夜こそ、本当の意味で――ヴェダー亭最初の一杯が完成する。
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