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異世界北海道 夫を探して異世界へ来たら、夫にはもう妻がいました ~食堂酒場を開き、幸せになります~  作者: 雫石しま


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第39話 ヴェダーとチャーシュー

 豚肩ロースの塊肉に、煮崩れしないようにタコ糸を巻いてゆく。


 指先に触れる生々しい感触。


 まだ少しだけ残る肉の温もりが、じんわりと伝わってきた。


 等間隔になるように一本。


 また一本。


 きつ過ぎず、緩過ぎず。


 ぐるりと巻いて結び目を作る。


「ヴェ?」


 振り向くと、ヴェダーがタコ糸の切れ端を両手で持ち、楽しそうに床を走り回っていた。


 その後ろを別のヴェダーが追いかける。


「ヴェダー!」


「ヴェダー!」


 気付けば七匹全員が一本の糸を引っ張り合い、大騒ぎになっている。


「ヴェダー、気をつけてね」


「ヴェダー!」


 返事だけは元気だ。


 その姿を微笑ましく眺めながら、最後の結び目を作る。


 余った糸をハサミで切る。


「よし」


 きれいに巻けた。


 丸々とした豚肩ロースは、これで煮崩れしにくくなる。


 次は焼き色を付ける。


 大きなフライパンを窯へ掛ける。


 豚の脂を少しだけ落とすと、じゅわっと溶け始めた。


 十分に温まったところで肉を置く。


 ジュウウウッ。


 豪快な音が厨房へ響く。


「わぁ」


 香ばしい匂いが一気に広がった。


 肉を動かさず、じっくり待つ。


 焦らない。


 焼き色はご馳走だから。


 頃合いを見てひっくり返す。


 こんがりと狐色になっていた。


「いい色」


 側面も、反対側も。


 全面に香ばしい焼き色を付けていく。


 ヴェダーたちは焼ける音に興味津々だ。


 フライパンを囲んで背伸びしている。


「熱いから近付き過ぎないでね」


「ヴェダー」


 素直に一歩下がる。


 でも目だけは肉へ釘付けだった。


 焼き上がった肉を鍋へ移す。


 長ねぎの青い部分。


 皮付きの生姜。


 にんにくを丸ごと。


 そこへ醤油をたっぷり。


 酒の代わりに、この世界で手に入る果実酒を少し。


 甘みには蜂蜜を加える。


 最後に水を注ぎ、落とし蓋を乗せた。


 ことこと。


 ことこと。


 静かな音が店内へ流れ始める。


 醤油の香ばしい香りに、生姜の爽やかな匂い。


 にんにくの食欲を誘う香り。


 豚肉の旨味。


 全部が少しずつ溶け合っていく。


「いい匂い」


 私は木杓子で煮汁をすくい、肉へ回しかける。


 艶が少しずつ増してきた。


 ヴェダーたちも鍋の周りへ集まる。


「ヴェダー」


 鼻をひくひくさせている。


「まだですよ」


「ヴェ……」


 少しだけ残念そうだ。


 それから一時間ほど。


 煮汁は半分ほどになり、照りが出てきた。


 箸を刺してみる。


 すっと通る。


「柔らかい」


 私は火を止めた。


 肉をまな板へ移す。


 少しだけ休ませてから、包丁を入れる。


 すっ。


 驚くほど軽く刃が入った。


 切り口はほんのり桜色を残し、肉汁がじんわりと滲み出る。


「成功かな」


 一枚切り分ける。


 さらに食べやすい大きさへ。


「熱いから気を付けてね」


 小皿へ取り分け、ふうふうと息を吹きかける。


「はい、どうぞ」


「ヴェダー!」


 七匹が一斉に集まってきた。


 一匹がおそるおそる口へ運ぶ。


 もぐ。


 もぐもぐ。


 その瞬間。


「ヴェダーーーッ!」


 葉っぱがぴんっと真上へ伸びた。


 他のヴェダーたちも慌てて食べ始める。


「ヴェダー!」


「ヴェダー!」


 夢中でもぐもぐと頬張り、小さな体を左右へ揺らしている。


「そんなに美味しい?」


「ヴェダー!」


 全員が勢いよく頷いた。


 私も一枚口へ運ぶ。


 はふっ。


 柔らかな肉が、ほろりとほどける。


 噛むたびに醤油の香ばしさと豚の甘い脂が広がり、生姜とにんにくが後味を引き締めてくれる。


「うん!」


 思わず声が出た。


「これは美味しい」


 煮汁もしっかり中まで染み込んでいる。


 そのままでも十分美味しい。


 けれど、白いご飯に乗せても美味しいだろう。


 そして何より――。


 あの豚骨ラーメンに、このチャーシューを乗せた姿が頭に浮かぶ。


 白い豚骨スープ。


 黄金色の卵麺。


 刻みねぎ。


 そして艶やかなチャーシュー。


 私は思わず口元を緩めた。


「これで、ヴェダー亭の豚骨ラーメンが完成するね」


「ヴェダー!」


 嬉しそうに葉っぱを揺らす七匹の声が、夕暮れの厨房に元気よく響いた。


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