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異世界北海道 夫を探して異世界へ来たら、夫にはもう妻がいました ~食堂酒場を開き、幸せになります~  作者: 雫石しま


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第38話 テオと午後の市場へ

 ザワザワと椎木の枝が、午後の爽やかな風に揺れた。


 遠くから教会の鐘の音が響いてくる。


 コンコン――。


 ゆったりとした鐘の音が、町中へ優しく広がっていった。


 テオは飲み終えたコーヒーカップを両手で包むように持ち、最後の一口をゆっくり味わう。


 それから静かにテーブルへ戻した。


「そろそろ職場へ戻ります」


「あっ!」


 私は思わず声を上げた。


「途中までご一緒してもいいですか?」


 テオは少し驚いたようにこちらを見る。


「市場へ買い物に行こうと思っていたんです」


「そうでしたか」


 麻袋を肩へ掛けると、テオは小さく頷いた。


「もちろんです」


「ありがとうございます」


 私は嬉しく笑う。


 厨房をひと通り見回り、窯の火を確かめる。


 保冷箱の蓋を閉め、窓も忘れずに閉めた。


 最後に玄関の戸へ鍵を掛ける。


「ちょっと市場まで行ってくるね」


 声を掛けると、ヴェダーたちは一斉にこちらを向いた。


「ヴェダー?」


 留守番だと気付いたのだろう。


 七枚の葉っぱが揃ってしょんぼりと垂れ下がる。


「あらあら」


 私は苦笑する。


「そんな顔しないの」


 一匹なんて今にも泣き出しそうだ。


「チーズ、買ってくるから待っててね」


 その一言で空気が変わる。


「ヴェダー!」


 葉っぱがぴんっと真っ直ぐ立ち上がる。


 さらに嬉しそうに、その場でくるくると回り始めた。


 他のヴェダーも負けじと回る。


 七匹揃って葉っぱを振り回しながら踊り出した。


「ふふっ」


「よほど好きなんですね」


 隣で見ていたテオが珍しく笑う。


「はい。チーズと卵が大好物なんです」


「そうですか」


 テオは少しだけ目を細めた。


 シマエナガも「ジュリ」と鳴きながら窓辺へ飛んでいく。


 どうやら留守番を引き受けてくれるらしい。


「じゃあお願いね」


「ジュリッ」


 私は安心して扉を閉めた。


「お待たせしました」


「はい」


 二人で並んで石畳の道を歩き始める。


 午後の日差しは暖かく、吹き抜ける風は心地よかった。


 道端には名前も知らない白い花が咲き、小さな蝶がひらひらと舞っている。


 市場へ向かう人たちとすれ違うたび、「こんにちは」と声を掛けられた。


「こんにちは」


 私も笑顔で返す。


「すっかり町に馴染みましたね」


 テオがぽつりと言った。


「そうですか?」


「最初に農業ギルドでお会いした頃とは、まるで違います」


「あの頃は毎日必死でしたから」


 トマトを枯らしかけたり、畑で失敗したり。


 思い返せば、失敗ばかりだった。


「でも、テオさんのおかげです」


「私は少し助言しただけです」


「その助言が大きかったんですよ」


 そう言うと、テオは照れくさそうに眼鏡を押し上げた。


「ありがとうございます」


 少しだけ頬が赤くなっている。


 真面目な人だなぁ。


 そんなことを思いながら歩いていると、市場の賑わいが聞こえてきた。


「いらっしゃい!」


「朝採れ野菜だよ!」


「焼きたてパン!」


 威勢のいい呼び込みが、あちらこちらから飛んでくる。


 香ばしいパンの匂い。


 焼いた肉の匂い。


 香辛料の刺激的な香り。


 思わずお腹が鳴りそうになる。


「今日は買う物がたくさんあるんです」


 私は麻袋を軽く叩いた。


「まずは肉屋さんですね」


「何を作る予定なんですか?」


「豚骨ラーメンにチャーシューを乗せようと思って」


「チャーシュー?」


「豚肩ロースをじっくり煮込んだ料理です」


 テオは興味深そうに頷いた。


「また新しい料理ですね」


「はい。ラーメンはまだ完成じゃないんです」


「まだですか?」


「もっと美味しくなります」


 私は少しだけ胸を張る。


「豚肩ロースと長ねぎ、生姜、それからにんにくも欲しいですね」


「なるほど」


「あと、日用品店でタコ糸があるか見たいんです」


「糸ですか?」


「お肉を縛るんですよ」


 その言葉にテオは目を丸くした。


「料理に糸を使うのですか?」


「使いますよ」


 私は笑って頷く。


「形が崩れないように縛るんです」


「……料理というのは奥が深いですね」


 感心したように呟くテオを見て、私は少しだけ嬉しくなった。


 市場の入口はもう目の前だった。


 肉屋の店先には、大きな豚肉の塊がずらりと並び、威勢のいい店主がこちらへ大きく手を振っていた。


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