第36話 ご馳走様でした
テオは二杯目の豚骨ラーメンを最後の一滴まで平らげ、満足そうに腹を撫でた。
ふぅ、と長く息を吐く。
その拍子に。
「……ぷっ」
小さくゲップが漏れた。
本人もすぐに気付いたらしい。
「し……失礼」
耳まで真っ赤に染め、慌てて口元を押さえる。
その姿があまりにも真面目で、私は思わず笑ってしまった。
「ふふ、大丈夫ですよ」
「申し訳ありません」
何度も頭を下げる。
私は空になった器を見ながら尋ねた。
「美味しかったですか?」
七匹のヴェダーたちも一斉に身を乗り出した。
「ヴェダー?」
葉っぱをぴんと立て、期待に満ちた目でテオを見つめている。
シマエナガまで窓辺から「ジュリ」と小さく鳴いた。
店中の視線がテオへ集まる。
テオは少し照れたように眼鏡を押し上げた。
「はい……」
ゆっくりと言葉を選ぶように話し始める。
「もちもちした麺に、この白いスープがよく絡みます」
器を見つめながら続けた。
「最初は濃厚なのに、不思議と重くありません」
「はい」
「口へ入れた瞬間は豚の旨味がしっかり広がるのですが、後味はとても優しい」
私は黙って頷く。
「それに、この麺です」
フォークで一本持ち上げる仕草をする。
「噛むほど甘みがあります」
「小麦の甘みですね」
「ええ」
テオは嬉しそうに頷いた。
「この麺だけでも十分美味しいのに、スープと一緒になると全く別の料理になります」
少し考え込む。
言葉を探しているようだった。
「……なんと言えばいいのでしょう」
銀縁眼鏡の奥の目が細くなる。
「まるで、一つの料理がお互いを引き立て合っているようです」
私は胸の奥がじんわりと温かくなった。
ラーメンをそんなふうに表現してもらえたのは初めてだった。
テオはさらにスープの余韻を思い出すように目を閉じる。
「骨から、こんな味が生まれるなんて想像もしていませんでした」
「ですよね」
「最初は骨を煮ると聞いて驚きました」
少し苦笑する。
「正直に申し上げますと、少し怖かったです」
「あはは」
私は笑い声を漏らした。
「顔に書いてありましたよ」
「やはりそうでしたか」
照れ笑いを浮かべる。
「ですが、一口飲んで驚きました」
テオは空になった器を両手で持ち上げた。
「濃厚なのに臭みがなく、旨味だけが何層にも重なっています」
「何層にも……」
「はい」
その表現がしっくりきたのだろう。
「最初に豚の甘みを感じて、その後から骨の深いコクが追いかけてくる」
少し間を置いて続ける。
「最後には口いっぱいに幸せな気持ちだけが残ります」
私は照れくさくなって頭を掻いた。
「そんなに褒めても何も出ませんよ」
「褒めているのではありません」
テオは真っ直ぐ私を見る。
「本当に感動しました」
その一言には飾りがなかった。
心からそう思っているのが伝わってくる。
「私は今まで、食事はお腹を満たすものだと思っていました」
静かな口調で続ける。
「ですが、このラーメンは違います」
ヴェダーたちも静かに耳を傾けている。
「食べている間、ずっと幸せでした」
その言葉に、私は何も返せなかった。
料理人にとって、それ以上嬉しい言葉はない。
テオは深々と頭を下げる。
「ご馳走さまでした」
「こちらこそ」
私も自然と頭を下げていた。
「食べてくださって、ありがとうございました」
窓から初夏の風が吹き込み、ヴェダーたちの葉っぱが一斉に揺れる。
「ヴェダー!」
嬉しそうなその声を聞きながら、私は心の中で小さく呟いた。
――よかった。
異世界で初めて作ったラーメンは、ちゃんと誰かを笑顔にすることができた。




