第33話 ありがとうの命
「おはよう、ヴェダー」
朝日がカーテンの隙間から差し込み、新しい朝を告げる。
眩しさに目を細めながら大きく背伸びをする。
「んーっ」
すると七匹のヴェダーたちも、一斉に葉っぱを揺らしながら短い手を天井へ向かって伸ばした。
「ヴェダー!」
その姿がおかしくて、思わず笑ってしまう。
ヴェダーは本当に真似をするのが好きだ。
私が欠伸をすれば欠伸をする。
腕を組めば腕を組む。
首を傾げれば、七匹揃って同じ角度に首を傾げる。
「今日も元気だね」
「ヴェダー!」
元気な返事が返ってきた。
顔を洗おうと井戸へ向かう。
桶へ冷たい水を汲み、ぱしゃりと顔へかける。
「気持ちいい」
初夏の朝の水は少し冷たくて心地いい。
「ヒィ……」
今日も井戸の精霊が小さく鳴いた。
「おはよう」
声を掛けると、「ヒ……」と照れたような返事が返ってくる。
その横ではヴェダーたちが桶を覗き込み、一匹が勢いよく飛び込んだ。
「ヴェダー!」
ぷかぷか。
葉っぱだけ水面から出して気持ちよさそうに浮いている。
それを見た他のヴェダーも次々に飛び込んでいった。
「朝風呂なの?」
「ヴェダー!」
楽しそうだから、まあいいか。
私は笑いながらタオルで顔を拭いた。
部屋へ戻り、パジャマから青いワンピースへ着替える。
その上からお気に入りの青いエプロンを身につけた。
鏡の前へ立つ。
口角を少し上げて笑顔を作る。
そして。
ぺちん。
ぺちん。
ぺちん。
頬を三回叩く。
「よし」
いつもの儀式。
これをすると不思議と今日も頑張ろうという気持ちになる。
最初に向かったのは鶏小屋だった。
「おはよう、チョボ」
「コケッ」
チョボが元気よく返事をする。
他の三羽も首を傾げながら近寄ってきた。
藁の中を覗く。
「わぁ」
四個の白い卵が並んでいる。
木漏れ日を受けて、つやつやと輝いていた。
一つ手に取る。
「温かい」
まだ産みたてだ。
掌へ命の温もりがじんわり伝わってくる。
「ありがとう」
自然と頭が下がる。
「いただきます」
そう小さく呟いて、卵を大事にエプロンへ包み込んだ。
厨房へ戻る。
窯へ薪を入れ、種火をつける。
ぱちっ。
ぱちぱち。
火が育っていく音は、何度聞いても心が落ち着く。
フライパンを火へ掛ける。
その間にボウルへ卵を割り入れた。
殻が入らないよう慎重に。
砂糖を少し。
塩をひとつまみ。
菜箸で優しく混ぜ合わせる。
黄色い卵がふわりと泡立つ。
保冷箱から取り出したバターをひとかけら。
フライパンへ落とす。
ジュワッ。
甘くてまろやかな香りが一気に厨房へ広がった。
「いい匂い」
卵液を流し込む。
木べらで大きく混ぜる。
火を入れ過ぎないように。
半熟のまま、ふわっと。
最後はお皿へ盛り付ける。
黄色いスクランブルエッグ。
焼きたてのビール酵母パン。
庭で採れた真っ赤なトマトを刻み、バジルを一枚添える。
それだけで食卓が明るくなった。
ヴェダーたちの小さなお皿にも取り分ける。
「はい、どうぞ」
「ヴェダー!」
みんな嬉しそうに椅子へよじ登った。
私も席へ着く。
「いただきます」
手を合わせる。
異世界へ来る前は、何気なく言っていた言葉だった。
でも今は違う。
チョボが産んでくれた卵。
育てたトマト。
パンになる小麦。
井戸の水。
全部が誰かの命で、自然の恵みだ。
その命を身体へいただく。
だから「いただきます」。
そう思うようになってから、この言葉がとても大切になった。
「美味しいね」
「ヴェダー」
ヴェダーはほっぺへスクランブルエッグをつけたまま、嬉しそうに葉っぱを左右へ揺らしている。
一匹はパンを両手で抱え込み、夢中でかじっていた。
シマエナガも窓辺から「ジュリッ」と鳴いて朝の挨拶をしてくれる。
穏やかな朝だった。
朝食を終えると、私は食器を洗い、店内を掃除する。
テーブルを拭き、窓を開け放つと、初夏の風が気持ちよく吹き抜けた。
裏庭ではヴェダーたちが畑へ水やりをし、チョボたちは虫を追いかけて庭を歩き回っている。
私は時々トマトの様子を見に行き、土へそっと指を入れて乾き具合を確かめた。
「今日はまだ大丈夫ね」
テオに教わった通り、水は我慢する。
昼になるとパンを焼き、翌日の仕込みを進める。
午後は出来上がった豚骨スープの味をもう一度確かめ、昨日打った麺を布から取り出して軽くほぐした。
夕暮れには看板へ明かりを灯し、厨房を片付ける。
窓の外は少しずつ茜色から藍色へ変わっていった。
ランプへ火を灯す。
橙色の灯りが厨房を優しく照らした。
寸胴鍋の蓋を開けると、昨日炊き上げた豚骨スープが白く輝いている。
隣には、丹精込めて打った黄色い卵麺。
私は思わず笑みを浮かべた。
「今夜はいよいよね」
昨日完成した麺。
昨日炊き上げた豚骨スープ。
この二つを合わせて、ヴェダー亭最初の一杯。
濃厚な豚骨ラーメンを作ろう。
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