第31話 卵麺の出来上がり
髪の毛をひとつにまとめる。
青色のエプロンを身につけ、三角巾をきゅっと結ぶ。
鏡の前へ立ち、自分の顔をじっと見つめた。
少し緊張している。
「よし」
口角を上げて笑顔を作る。
それから両手で頬を三回。
ぺちん。
ぺちん。
ぺちん。
これが昔から変わらない、私の気合いの入れ方だった。
ラーメンヴェダー亭を熊ちゃんと始めた日も。
忙しい週末の仕込みの日も。
いつも鏡の前でこうして頬を叩いた。
「今日も頑張ろう」
そう呟くと、不思議と身体の力が湧いてくる。
振り返ると、七匹のヴェダーたちがキッチンカウンターによじ登っていた。
「ヴェダー!」
木べらを持ってみたり。
麺棒を転がしてみたり。
一匹はボウルを覗き込み、もう一匹はまな板をぺたぺた触っている。
「今日は遊び道具じゃないよ」
「ヴェダー」
少しだけしょんぼりした声が返ってきた。
でも興味津々なのは変わらない。
みんな目をきらきらさせながら私の手元を見つめている。
この世界には便利なキッチンスケールなんてない。
計量カップもない。
あるのは私の手と、長年の勘だけ。
「大丈夫」
私は深呼吸をする。
熊ちゃんと何千食も作ってきた。
身体が覚えている。
ボウルへ水を注ぐ。
チョボが産んでくれた卵を一つ割る。
殻が入らないように指先でそっと取り除き、塩をひとつまみ。
木べらで静かに混ぜ合わせる。
黄色かった卵が少しずつ水へ溶け込み、優しい色になっていく。
そこへ小麦粉を少しずつ加えた。
一気に入れると混ざりにくい。
少し入れて混ぜる。
また少し入れて混ぜる。
焦らない。
ゆっくり。
木べらが少しずつ重たくなっていく。
やがて、生地はしっとりとしたそぼろのようになった。
「ここからね」
私は木べらを置く。
両手で生地をまとめる。
ぎゅっ。
押して。
返して。
また押す。
粉っぽかった生地が、少しずつひとつにまとまっていく。
掌へ伝わる感触が懐かしい。
何度も。
何度も。
力を込めて捏ねる。
生地がつるりと滑らかになってきた。
「これで、よし!……っと」
私は満足そうに頷いた。
日本ならラップで包むところだけれど、この世界にはラップもビニール袋もない。
だから清潔な布で丁寧に包み、厨房の隅へそっと置く。
「少し休憩してね」
生地にも休む時間が必要だ。
その間、私は洗濯物を庭へ干した。
初夏の風が吹き抜け、白い布が気持ちよさそうに揺れる。
店へ戻ると、今度は食堂のテーブルを一つ一つ拭いていく。
椅子を整え、窓を開ける。
シマエナガが「ジュリッ」と鳴きながら窓辺へ降りてきた。
ヴェダーたちは布に包まれた生地の周りをぐるぐる歩き回り、「ヴェダー」と小さく囁いていた。
「まだ食べられないよ」
「ヴェダー……」
残念そうに葉っぱを垂らしている。
その姿が可愛くて、私はくすりと笑った。
やがて太陽がゆっくり西へ傾き始める。
厨房へ戻り、布をそっと開いた。
「どれどれ?」
指先で生地を押してみる。
しっとり。
もちっと弾力がある。
「いい感じ」
まな板へたっぷり打ち粉を振る。
生地を置き、麺棒でゆっくりと伸ばしていく。
ころころ。
ころころ。
少し向きを変えて、また伸ばす。
均一な厚さになるよう丁寧に。
最後は何層にも折り重ね、包丁を握る。
トントントン。
一定の幅で細く切っていく。
切り口から、ちぢれた麺がふわりとほどけた。
私は一本つまみ上げる。
「うん」
思わず笑みがこぼれた。
懐かしい黄色い卵麺。
ヴェダー亭、最初のラーメンの麺が、ようやく出来上がった。




