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異世界北海道 夫を探して異世界へ来たら、夫にはもう妻がいました ~食堂酒場を開き、幸せになります~  作者: 雫石しま


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第30話 卵麺の材料を買いに

 さて、そろそろヴェダー亭の本格オープンを目指そう。


 鶏小屋もできた。


 畑には新しいトマトとバジルの苗を植え直した。


 少しずつ店らしい形が整ってきた今、いよいよ一番作りたかった料理へ挑戦する時が来た。


「まずはラーメンね」


 私は厨房の作業台を優しく撫でる。


 熊ちゃんと二人で何度も何度も打った麺。


 毎日仕込みをしていた頃の景色が、昨日のことのようによみがえった。


 最初に作るのは、札幌ラーメンに欠かせない卵麺だ。


 もちもちとして、黄色く艶があり、スープがよく絡むちぢれ麺。


 あの食感だけは絶対に再現したい。


 小麦粉に卵を一個。


 水。


 塩をひとつまみ。


 しっかりこねて寝かせ、何度も折り畳んで延ばす。


 最後に細く切れば、もちもちのちぢれ麺が出来上がる。


「うまくできるかな」


 少しだけ胸が高鳴る。


 この世界の小麦は日本とは違う。


 卵もチョボの卵だから味が違うだろう。


 だからこそ試作を重ねなくちゃいけない。


「ヴェダー、お留守番よろしくね」


「ヴェダー!」


 七匹が元気よく葉っぱを揺らす。


 シマエナガも庭の木の上から「ジュリッ」と鳴いた。


「すぐ帰るからね」


 私は籐の籠を腕へ掛け、玄関の扉を開けた。


 昨夜降った雨はすっかり上がっている。


 雨上がりの空は驚くほど青く澄み渡り、空気まで洗われたようだった。


 石畳にはあちこち水たまりが残っている。


 その中には青空と白い雲が映り込み、小さな鏡のように揺れていた。


 思わず避けずに覗き込みたくなる。


「綺麗」


 私は小さく呟く。


 市場へ近付くにつれ、人の話し声が賑やかになってきた。


 色とりどりのフラッグが風にはためき、露店がずらりと並んでいる。


 焼いた肉の香ばしい匂い。


 焼きたてパンの甘い香り。


 香辛料の刺激的な匂いまで混ざり合って、お腹が鳴りそうになる。


 いつ来ても活気のある市場だ。


 いつもの八百屋の前を通ると。


「しくしく……」


 人参が泣いていた。


「えっ」


 私は思わず立ち止まる。


「今日は買わないから、大丈夫だよ」


 そう声を掛けると、人参はぴたりと泣き止んだ。


 この世界の野菜は、本当に感情豊かだ。


 今でも時々びっくりしてしまう。


 私は苦笑しながら市場の奥へ進む。


 卵はチョボが毎日産んでくれる。


 今日は小麦だけ買えばいい。


 粉を扱うテントへ入ると、おじさんが大きな樽の前で待っていた。


「いらっしゃい」


「こんにちは」


「小麦粉をください」


「どれくらい?」


「一キログラムお願いします」


「はいよ」


 おじさんは慣れた手付きで秤へ粉を入れ、布袋へ詰めてくれる。


 さらさらと流れる粉を見ているだけで、何だか嬉しくなってきた。


 これで麺が打てる。


 ヴェダー亭だけのラーメンが作れる。


「最初の一杯は誰に食べてもらおう」


 私は布袋を籠へ入れながら考えた。


 ギル。


 市場のおじさんたち。


 ドワーフのみんな。


 いろいろ顔が浮かぶ。


 その時だった。


 ふと、銀縁眼鏡の奥で少し照れたように笑った、あの人の顔が思い浮かんだ。


 木箱を支えてくれた時。


 耳まで赤く染まっていた。


 まるで熟れたトマトみたいだった。


「……テオさん」


 思わず笑みがこぼれる。


「トマトの苗のお礼に、食べてもらえるかな」


 農業のことを教えてくれたお礼。


 初めての一杯を味見してもらうのも悪くない。


 そう思うと、何だか急にラーメン作りが楽しみになってきた。


 私は籐の籠を抱え直し、弾むような足取りでヴェダー亭への帰り道を急いだ。


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