第24話 森へいこう
「この子たちは元気でおとなしいよ」
私は市場で買ってきた籠をそっと地面へ降ろした。
中には二羽の雌鶏と、一羽の雄鶏。
どの子も羽艶がよく、目がくりくりしている。
市場では元気いっぱい鳴いていたけれど、見慣れない場所へ来たせいか、今は少し緊張しているようだった。
「さあ、新しいお家だよ」
籠の扉を開ける。
一羽の雌鶏が恐る恐る顔を出した。
コッ……。
周りを見回す。
続いてもう一羽。
最後に胸を張った雄鶏がゆっくり外へ出てきた。
「コケコッコー!」
元気よく一声鳴く。
まるで「ここは俺に任せろ」と言っているみたいだった。
三羽は辺りを歩き回り、地面をつつき始める。
柔らかな土を足で掻き、虫でも探しているのだろう。
「気に入ってくれたかな」
私は胸を撫で下ろした。
手作りの鶏小屋を受け入れてもらえたようで嬉しい。
「チョボ、お友だちだよ」
私はチョボを抱き上げる。
「仲良くしてあげてね」
「コケッ」
返事をしたように鳴く。
そっと鶏小屋へ入れると、チョボはぴたりと動きを止めた。
新しい仲間を見つめる。
三羽もチョボを見つめる。
一瞬だけ静かな時間が流れた。
「け、喧嘩しないでね……」
私は少し緊張する。
すると。
雌鶏が一歩近付いた。
チョボも一歩近付く。
お互いに首を傾げる。
コッ。
コッ。
小さく鳴き合ったかと思うと、そのまま何事もなかったように一緒に地面をつつき始めた。
雄鶏もその後ろを堂々と歩いている。
「良かったぁ」
思わず肩の力が抜ける。
これでチョボも寂しくない。
朝から仲間と一緒に遊べる。
卵も少しずつ増えるだろう。
食堂酒場の夢もまた一歩前へ進んだ。
「ヴェダー」
後ろから小さな声が聞こえる。
振り返ると、五匹のヴェダーたちが金網へぺたっと張り付いていた。
じーっ。
食い入るように鶏たちを見つめている。
丸い身体が金網へ押し付けられ、網目模様がそのまま身体に写っていた。
「……」
何とも言えない顔。
いや。
顔なのか身体なのか、よく分からないけれど。
毬藻みたいな丸い身体へ金網の跡がくっきり残っている。
「うふふ……」
私は思わず吹き出した。
「そんなに近くで見なくても逃げないよ」
「ヴェダー」
返事をしながらも離れない。
どうやら鶏が珍しいらしい。
チョボも不思議そうにヴェダーを見つめ返していた。
その光景が何とも平和で、心がぽかぽかしてくる。
「さて」
私はエプロンを払った。
「今日は薪を拾いに行こう」
パンも。
ピザも。
スープも。
窯を使うには薪が欠かせない。
買うこともできるけれど、店の裏には森が広がっている。
落ち枝を拾えば十分だ。
「行こうか」
「ヴェダー!」
五匹が元気よく飛び跳ねた。
◇◇◇
店の裏手には白樺の森が広がっている。
爽やかな風が吹き抜け、木漏れ日が地面へ揺れていた。
けれど森は森だ。
熊だって出る。
角うさぎだけとは限らない。
「念のため」
私は物置からカウベルを取り出した。
革紐を腰へ結ぶ。
歩くたびに。
カラン。
コロン。
優しい音が響く。
「これなら熊も逃げてくれるかな」
続いて古い木製の台車を引っ張り出す。
車輪は少し軋むけれど、まだ十分使えそうだった。
麻縄をしっかり結ぶ。
ぐいっと引っ張る。
「よし」
準備完了。
私は腰丈まで伸びた蕗をかき分けながら森へ入った。
サワサワ。
葉が腕へ触れる。
少しひんやりして気持ちいい。
後ろから小さな足音が続く。
トコトコ。
チョコチョコ。
振り返る。
五匹のヴェダーたちが、一生懸命短い手足を動かして付いてきていた。
台車の轍に沿って歩く姿は、まるで小学生の遠足みたいだ。
「ふふっ」
私は笑う。
「今日はピクニックじゃないよ」
「ヴェダー!」
元気いっぱい返事をする。
どう見ても遊びに来た気分らしい。
私は辺りを見回す。
熊の気配はない。
害獣の足跡も見当たらない。
「大丈夫そうね」
地面へ落ちている枝を一本拾う。
乾いて軽い。
窯にはちょうどいい。
台車へ積む。
ヴェダーたちも真似を始めた。
「ヴェッ」
一本持ち上げる。
枝の方が身体より長い。
ふらふら。
よろよろ。
みんなで一本運んでいる。
「がんばれ」
思わず応援する。
ようやく台車へ載せると。
「ヴェダー!」
両手を上げて大喜び。
私は拍手した。
「ありがとう」
その一言だけで、五匹はますます張り切り始める。
あっちへ行ったり。
こっちへ行ったり。
夢中で枝を探している。
おかげで台車はあっという間にいっぱいになった。
「もう十分かな」
私は麻縄を握る。
帰り道は少し下り坂。
ガラガラと台車を引きながら店へ戻った。
◇◇◇
「ただいま」
庭へ戻る。
まずは汚れたヴェダーたちを洗ってあげよう。
私は井戸へ桶をそっと下ろした。
チャポン。
「ヒィぃぃ……」
今日も怖がりの精霊が小さく鳴く。
「ただいま」
私は笑う。
「今日もありがとう」
すると。
「ヒ……ヒィ」
少しだけ小さな声で返事が返ってきた。
前より怖がらなくなった気がする。
桶いっぱいに汲み上げた水は冷たく澄んでいた。
「さあ」
ヴェダーたちへ水を掛ける。
ぱしゃっ。
「ヴェダー!」
気持ち良さそうに跳ねる。
森で泥だらけになっていた身体が、みるみる綺麗になっていく。
一匹は桶へ飛び込み。
一匹は泳ぐ真似をし。
一匹は水しぶきを掛け合って遊んでいる。
「もう」
私は布を持って一匹ずつ身体を拭いていく。
ふわふわだった毬藻の身体が、また丸く整っていく。
「はい、一匹」
ごしごし。
「二匹」
ふきふき。
「三匹」
ころころ。
「四匹」
ぽんぽん。
「五匹……」
そこで手が止まった。
「……あれ?」
私は目を瞬かせる。
もう一度数える。
「いち」
「に」
「さん」
「よん」
「ご」
「ろく」
「なな」
……七匹?
「えっ?」
私は思わず布を落とした。
確かに森へ行った時は五匹だった。
なのに。
目の前では七匹のヴェダーが、何事もなかったように身体を拭かれながら「ヴェダー」と鳴いていた。




