第23話 鶏小屋を作る
翌日――。
朝露に濡れた椎木の葉が、きらきらと朝日に輝いていた。
窓を開けると、ひんやりとした風が頬を撫でる。
鳥たちのさえずりが聞こえ、どこからか焼きたてのパンの匂いまで漂ってきた。
「今日もいい天気」
私は大きく背伸びをする。
昨夜は不思議なくらいぐっすり眠れた。
「上田――」という声に怯えていた日々が、もうずいぶん前のことのように思える。
原因が分かるだけで、こんなにも安心するものなんだ。
振り返ると、五匹のヴェダーたちが床へ転がるように眠っていた。
丸い身体を寄せ合い、頭のフキの葉を重ねるようにして眠っている。
「ふふっ」
思わず笑みがこぼれる。
本当に毬藻みたいだ。
その横ではチョボが「コッコッ」と小さく鳴きながら、ヴェダーたちを不思議そうに眺めていた。
「仲良くしてね」
「コケッ」
返事なのか分からない鳴き声が返ってくる。
私はエプロンを結び直した。
「よし」
今日はやることがたくさんある。
まずは――。
「鶏小屋を作ろう!」
◇
庭へ運んでおいた木材を並べる。
昨日市場で買った杉板は、思っていた以上にしっかりしていた。
長い板。
短い板。
屋根用の薄い板。
釘。
金槌。
針金でできた丈夫な網。
全部地面へ並べると、小さな工房みたいだ。
「熊ちゃんだったら、あっという間に作っちゃうんだろうな」
自然と呟く。
熊ちゃんの趣味は日曜大工だった。
ラーメン屋が休みの日になると、ホームセンターへ出掛けて木材を買ってきた。
棚を作ったり。
椅子を直したり。
カウンターへ調味料置きを付けたり。
いつも嬉しそうにトンカチを握っていた。
「爽ちゃん、釘は真っ直ぐ打つんだよ」
そんな声まで思い出す。
私は隣で板を押さえたり、釘を渡したりする係だった。
最初は指を叩いてばかりだったけれど。
少しずつ覚えた。
「……見よう見まねだけど」
きっと何とかなる。
私は木材を直角へ合わせる。
トントン。
釘を一本。
もう一本。
少し曲がった。
「あっ」
慌てて抜く。
「難しいなぁ」
「ヴェダー」
小さな声が聞こえた。
見ると、一匹のヴェダーが板の角をぎゅっと押さえている。
「え?」
さらにもう一匹。
もう一匹。
五匹全員が集まってきた。
それぞれ細い手足で木材を支えてくれている。
「手伝ってくれるの?」
「ヴェダー!」
葉っぱがぴょこんと揺れた。
「ありがとう」
思わず笑顔になる。
おかげで板が動かない。
釘も打ちやすい。
トントントン。
リズム良く金槌を振るう。
一匹は釘を運び。
一匹は金槌を見つめ。
一匹は網を押さえる。
小さな身体なのに、一生懸命働いてくれる。
「みんな偉いね」
「ヴェダー!」
嬉しそうに跳ね回る。
途中でチョボまでやって来た。
木屑をつついて遊んでいる。
「そこはまだ入っちゃ駄目」
「コケッ」
名残惜しそうに戻っていく。
その姿がおかしくて笑ってしまった。
昼前には鶏小屋の形が出来上がっていた。
最後に針金の網を木枠へ張る。
タッカーなんて便利な道具はない。
一つ一つ釘で固定していく。
「よし」
ぐらつきもない。
思っていたより上出来だった。
置き場所は最初から決めてある。
椎木から少し離れた日当たりのいい場所。
午前中は暖かな日差しが差し込み。
午後になると白樺の木が優しい木陰を作ってくれる。
風通しもいい。
「チョボ、気に入ってくれるかな」
試しに中へ入れてみる。
チョボは辺りを見回しながら歩き回る。
コッ。
コッ。
しばらくすると満足そうに鳴いた。
「よかった」
私は胸を撫で下ろす。
屋根を見る。
まだ木肌のままだ。
「せっかくだし」
店の屋根を塗った時に残った青いペンキ缶を持ってくる。
刷毛へたっぷり付ける。
すーっと塗る。
鮮やかな青色が広がっていく。
「綺麗」
ヴェダーたちも刷毛を持とうとする。
「だめだめ」
慌てて止める。
「身体まで青くなっちゃうよ」
それでも一匹は葉っぱへペンキを付けてしまった。
「ヴェッ」
真っ青になった葉っぱを見て目を丸くしている。
「もう」
私は笑いながら布で拭いてあげた。
小さな鶏小屋が完成する。
店とお揃いの青い屋根。
遠くから見ると親子みたいだった。
「可愛い」
満足そうに頷く。
「……さて、と」
今日はみんなへお礼をしよう。
私は厨房へ戻った。
「ヴェダー!」
五匹もぞろぞろ付いてくる。
「そんなに楽しみ?」
「ヴェダー!」
元気な返事が返ってきた。
私はボウルへ小麦粉を入れる。
砂糖。
塩。
泡立て器でよく混ぜる。
さらさらと粉が踊る。
そこへビールを一気に注いだ。
しゅわっと泡が立つ。
木べらでざっくり混ぜ合わせる。
粉っぽさが消えたところで、細かく砕いたチーズをたっぷり加えた。
「今日は特別」
ヴェダーたちの大好物。
チーズパンだ。
型へ流し込む。
窯へ入れる。
焼き時間は一時間くらい。
でも、この世界に時計はない。
朝日が昇れば朝市が始まり。
昼になれば職人たちが昼休みを取り。
夕日が傾けば夕市が開く。
月が昇れば家へ帰る。
みんな太陽を時計代わりに暮らしている。
「そろそろかな」
私は何度も窯の中を覗く。
表面が少しずつ色付いていく。
チーズが溶けて香ばしく焼け始めた。
ふわり。
甘くて香ばしい匂いがキッチンいっぱいへ広がる。
「ヴェダー!」
「ヴェダー!」
待ちきれなくなった五匹が、床をぱたぱた走り回る。
右へ。
左へ。
くるくる回りながら窯の前へ集まる。
チョボまで「コッコッ!」と嬉しそうに鳴き始めた。
焼きたてのチーズパンの香りに包まれたヴェダー亭は、今日も笑い声でいっぱいだった。




