答え合わせ
翌日の昼前に2人は宿を出発した。
目指すは北部の都、ブラックリー辺境伯家の城下町だ。旅程は5日間、日中は馬の体力の限り走り続け、各宿場町に着いたらそこで一晩明かすというのを繰り返す。
クリスが用意した馬車は装飾こそ地味だったが、走り出してすぐに本領を発揮した。
とにかく揺れが少ないし、馬車にしては静かだ。椅子の座り心地も抜群で、下手したら現代日本の電車に近い乗り心地かもしれない。
「······この馬車、すごく乗りやすいですね」
「最新型の馬車を用意しました。車自体は小型なんだけど、良い馬を2頭立てで用意したし、途中途中に繋ぎ換える用の馬も手配してあるから、町の定期便よりはだいぶ早く進むはずだよ。できれば明るいうちに宿場町に着いておきたいね」
「またそうやってお金をかけて!」
「今こそ使いどころでしょ。さて、まだ暫くは馬車の中だから、気分転換にお茶しない?」
クリスは前日に買っておいたパウンドケーキと水筒を取り出した。
「パウンドケーキ······」
苦々しくケーキを見つめるマリアに、クリスはけろりと言った。
「うん。マリアが前に作ってくれたじゃない? あれからはまっちゃってさ、見かけるとつい買ってくるんだよね。マリアの手作りを超えるものには出会えないけどね」
「食べてくれてたの!?」
「? 当たり前だよ!」
驚くマリアに逆にクリスが驚いた。好きな子が初めてくれた手作りお菓子に喜ばない男がいようか。もちろん3日かけて大事に大事に楽しませてもらった。
「防腐処理をして1切れだけは記念にとっておきたかったんだけど、やっぱり美味しく頂くべきかとも思って、結局平らげちゃって······今でも夢に見る」
「うん、そこは思いとどまってくれてよかった。え、でも、じゃあ、あのクッキーは?」
「クッキー? そんなの食べたっけ」
「ヒマリちゃんが作ったっていうハーブの」
「あー、あれね! マリアへの差し入れね」
「私に? クリスにじゃなくて?」
「いや、疲労回復効果があるから一緒にどうぞって。マリア疲れが溜まってるみたいだって相談したら······あれ、言ってなかった?」
「聞いてません!」
「ご、ごめん!」
なんてことだ。じゃあクリスは、マリアからの差し入れを食べず、同じ日に他の女の子からもらった差し入れを目の前でぼりぼり貪っていたことになる。
「無神経なことをした。本当にごめんなさい」
「実はちょっと傷ついてた」
「そうだよね、ごめんなさい。たぶんあの時は焦っていたんだ。滅多にマリアに会えないし、会うたびに顔色が悪くなるし……。僕は信仰心は弱い方だけど、それでも大聖女の力に縋りたくなってしまったというか……。マリアのケーキは独り占めしたかったのもあって、つい······ごめんなさい」
「······ふっ、ふふ、あはははは」
マリアは堪えきれずに噴き出した。
「独り占めって。差し入れたものを取り上げるなんてしないのに! ふふふ······はあ。怖がってないで、ちゃんと聞けば良かったなぁ」
「マリア······」
笑ってはいるけれど、全てが終わったような、もう取り返しがつかないような言い方がクリスの胸を締め付ける。少しだけ目尻に水が煌めいているのも見間違えではないのだろう。
たぶん、クリスがまだやらかしたことは、他にもある。
そしてたぶんマリアにも、まだ知らないクリスの努力がある。
「······話そう。今からでも。マリアが嫌だったこと、傷ついたこと、全部教えて。僕たちには言葉が足りなかった」
クリスの言葉に、マリアは目尻を拭って向き直ってくれた。
「······そうだね。私も、何も言わずに、言わせずに逃げてごめんなさい」
マリアとクリスが2人きりで向き合える時間は5日間。5日しかないけれど、5日もあるなら答え合わせくらいならできるだろう。
2人は夢中で思い出を振り返った。
似ているあなたに恋をしたこと。
似すぎているから近づけなかったこと。
会いたかったこと。
嫉妬したこと。
あの夜は幸せだったこと。
あなたの幸せを祈っていたこと。
今もあなたの幸せを祈っていること。
笑って、泣いて、怒って、謝った。
旅が終わる頃には、喉も涙も枯れて、ただ清々しいまでの愛おしさだけが残っていた。
答え合わせをしたからわかる。
クリスは同情でも代替品としてでもなく、マリアを愛しているから側にいたがっている。
マリアは逃げ出す前からずっと、そして今でも、クリスを誰より愛している。
だから2人は一緒にいられない。愛しているの決定的な一言だけは伝えられない。
クリスがマリアを愛していたら、彼女の身は危険に曝される。
マリアはクリスの、側にいたいというささやかな願いを踏みにじる。
互いは互いに、今はこの愛を紡ぐ資格を持たない。
それでも、晴れた視界で見上げた北部の夏空は、眩しいほどに澄んでいた。




