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25『初めての出血』

 座り心地の良い椅子の上でウトウトとしていたルールーが飛び起きたのは突如聞こえた、アリスの悲鳴のせいでした。


「はぁ……久しぶりに、悪くない夢だったのにな」


 アリスはいったい、なにをやらかしたのだろうか……と面倒臭さとともに研究室の扉を開けます。


「痛い……痛いの」


 アリスの顔面がざっくりと切れていました。鏡を倒して割ってしまったことはわかるのですが……どうすれば左目を失明するほどの傷を負うことができるのだと、ルールーは内心あきれかえってしまいます。


「痛いの……痛いの」


 散らばった鏡に、壊れたおもちゃのように同じ言葉を繰り返すアリスが映っています。


「はぁ」


 ルールーが久しぶりに苛々を顔に出してしまったのは、一瞬、アリスが増殖したかのように感じたからです。あちこち、鏡の破片だらけですからね。


「痛い……痛いの」


 できるだけ大きな破片を拾い上げて、ぱっくりと裂けた顔を見せつけてやろうか。血液に濡れた顔を見せれば、自信家のアリスの心まで傷つけることができるのではないか。ルールの心の中に、嫌がらせのアイデアが浮かんできます。


「痛い……痛いの」

「しばらく傷口を押さえていろ、縫う準備をしてくる」


 でも、嫌がらせを実行したりはしません。ルールーは助けてと言えないアリスのプライドの高さに苛立ちながらも、研究室に麻酔を取りに戻ってあげたのです。


「注射……か」


 注射針をアリスが怖がったら面倒だ。そう感じたルールーは研究室の扉をピチッと閉めてから、あるスイッチを押しました。アリスのいる、研究室と隣接したリビングに、ガスを噴出するスイッチです。


「あとで、換気をしなければな」


 五分ほど経ってから、ガスマスクをつけたルールーがリビングに入ります。


「酷い顔だ」


 ガスで眠ったアリスの顔や姿勢は、このわずかの間に少女の純潔を失ってしまったのではないかと思えるほどにだらしのないものでした。



 ガスの効果が切れて目覚めたアリスは、とても大人しくなっていました。傷口を縫う間に目覚めて暴れぬようにと追加で注射した麻酔がまだ残っているのです。


「おい、アリス」

「んあう」


 呆けたアリスが、涎を垂らしながら振り向きます。ムカデが張り付いたような、派手な縫い傷。滲みだした血が固まってかさぶたができれば、より蟲のように見えることでしょう。



 麻酔による呆けが治った後のアリスは、金切り声ばかり上げるうるさい存在になってしまいました。傷口が痒いと喚いて搔きむしり、痛くなったから治せとせがむように命令する、面倒極まりない少女と化してしまったのです


「あけて! あけなさいルールー!」


 入ってはだめだと教えたはずの研究室にも入ってこようとしたので、ルールーは鍵をかけて閉じこもってしまいました。


「ああ、念のため。念のためということがあるな」


 研究室からバルコニーに出て縄梯子で裏庭に降りたルールーは、玄関の前へと回り込みます。アリスがどこかへ行ってしまわないよう、板を打ち付けるためです。


「おいアリス! 聞こえるか! 私の話を聞け! これはとても大切な話だ! 窓はガラスだ! 鏡と窓は、同じものでできている! わかるか! だから、夜の窓には君が映るだろう! 触るなよ! 触れて割れたら、同じような怪我をするぞ!」


 こうして、ルールーはアリスの監禁に成功したのです。

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