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21『天才科学者は詩人であり』

 ルールー・ララトアレは世界で最も賢い人間は自分であると理解していました。同時に最も賢いことと、最も優れていることがイコールではないこともよくわかっていました。そして、世界を動かす存在が――良くも悪くも――――時代や場面により変化していくことをよく研究していました。


 ある時代には、扇動の上手い男が神の如き振る舞いをし、神を奉るが如き支持を集めていました。

 ある時代には、弱者を盾に行進できるものが局所的に慕われ、巨大権力に抵抗する素振りを見せながら文化を蝕んでいきました。

 ある時代には、人間らしさを古典文学に求めた者が多くの人々を導いて、倫理観を間違った方向へと進化させていきました。


 その、誰もが至らなかった。

 その誰もが、今、ルールー・ララトアレの目の前にいる金髪碧眼の少女のいる領域に至らなかった。


「そう、至らなかったのです」


 その少女は、この世界の王に等しき存在であり、この世界の中心座標に該当する存在であり、完全無欠と定義しても問題の少ない存在。アリスです。


「アリスです」


 ドードーの復活で世界が平面化し、人類が混乱する中でルールー・ララトアレはアリス製造プロジェクトをたった一人で立ち上げ、成功させました。材料としたのは、世界が球体であったころに保存しておいたアイシス川の水と、千八百六十二人の十二歳の少女の眼球。球体世界では絶対に許されなかった規模の暴力と、不思議化した世界で発見したフィクションのような理論を駆使して、九十八パーセント以上アリスだと言える存在を完成させたのです。


「なあ、アリス。君は努力をしたいと思うかい」


 科学者は、少女に問いかけます。


「いやよ。努力するくらいなら、死ぬわ私。ねぇルールー、詩を詠んでくれるかしら」


 少女は、科学者に答えるついでに、唐突に、無茶な要求をしましました。科学者は「わかった」と答え、次のような詩を詠んだのです。


 少女はただ愛らしいというだけで崇められる

 ただ美しいというだけで少女は崇められるのだ

 戦う男を勇壮に陥れ

 老けていく女の自尊心をどれだけ破壊しようとも

 その純真さは失われない

 切り花という残酷が許されるのは美しいからである

 ならば花そのものである少女は

 常に残酷さに晒されていなければならない

 だが、それ故に、それ故に

 少女は、愛にすがらなくとも生きていけるのだ


 ルールーの詩を聞き終えたアリスは、まあまあであると評価しました。


「なかなか厳しいね」

「それはあなたが悪いのよ。良い詩を詠えないのだから。じゃあ今度は、私を褒めてくれるかしら? 嘘はだめよ、ほんとうでなきゃ」

「私はね、君が生まれたのは神の意志だと思っている。それは、宇宙の意志と言い換えてもいい」

「また、難しい話をするつもり?」

「いや、昔を少し思い出しただけだ」

「ほんと、自分勝手な人ね! これだから科学者は嫌いよ!」

「それは困ったな…………科学は嫌われすぎると宗教になってしまうのだが」


 本当に困った顔で言うルールーに、アリスの苛立ちはさらに増してしまいます。


「私が怒っているのは、科学じゃなくて科学者よ!」

「そうだ、悪いのはいつだって人間だ。良いことに気が付いたな、アリス」

「もう知らない!」


 翌日、ルールーは日記にこう記しています。


『ドードーにより起きた世界の平面化は、完全な不思議化ではなく不完全な不思議化である。つまりは、不思議の国のアリスの影響も完全ではない。人間改造のシンギュラリティともいえる猫鬼の誕生をチェシャー猫の影響であると考えるのは正しいが、あれを完璧なものへと変えるにはまだまだ時間が必要だと理解する必要もある。この世界が歪な不思議の国であるならば、穴に落ちていないにも関わらずイカレたアリスがいるのもまた必然であり、必然であるはずだ。ああ、疲れるな。子どもの相手は、ひどく疲れる。』

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