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20『怪物エリー』

 クロネコが意識を取り戻した時、はじめに聞いたのは肉を貪り食う音でした。


「…………あ」


 ぼやけた視界に浮かぶ、一心不乱に内臓を頬張るエリー。別に珍しい光景ではありませんが、なぜかその姿は不気味なものとしてクロネコの瞳に映りました。


「エリー、よね?」


 ピクリ、クロネコの声にエリーの耳が動きます。


「…………クロネコ?」


 ライトブルーの瞳と、べちゃべちゃに汚れた口元。


「そ、そうよ」

「うう……」


 エリーの口から唸り声のような音が発せられ、クロネコは思わず身構えてしまいます。


「ううう……よかった! おきたんだね! おきたんだね! よかった、よかった!」


 でも、それは勘違い。唸り声ではなく、嬉し泣きのイントロだったのです。


「うわっ! エリー、落ち着いて」

「クロネコぉ! クロネコぉ! クロネコだよねぇ!」

「うん……僕……だよぉ………」


 ボロボロと涙を流して抱きついてきたエリーをクロネコはそっと抱きしめ返します。


「クロネコが生きてたぁ!」

「ごめんね、エリー。僕が弱くて」

「大丈夫、大丈夫だよぉ! うえええん、クロネコぉ!」


 クロネコが撫でるのはエリーの醜く膨れ上がった腹。それはクロネコを守るためにもっと強くなろうと必死に、お腹がいっぱいになっても、無理して死体を食べ続けた証です。


「うっ……ぐ……ご、ごめんね、エリー。ちょっと離してくれるかな。痛くて……」

「え! ごめんね!」


 実際にエリーは、強くなっていました。抱きしめられているだけで、骨が折れてしまいそうになるくらい。


「強くなったね、エリー」

「まだ、もっと強くならなきゃ」


 決意の表情を浮かべたエリーの後ろには、内臓が空になったルベローチェとハーヴィの骸ありました。




 奇妙なことが起きたのは、それから三日後のことでした。クロネコしか知らぬはずの『博士』のいる場所をエリーが知っているかのような行動を見せたのです。


「エリー、あなた博士のことは知らないのよね?」


 エリーはもう随分な距離を、方角を間違えず歩いていました。クロネコよりも前を歩いて、案内するかのように。


「知らないよ?」

「じゃあ、どうして行く先がわかるの」

「なんでだろう」


 そのからくりは、とても単純…………


 ハーヴィを食べたことでエリーの体内へと移動した不思議の国アリスの原典の一ページは、物語の最後の一ページ。最後とはつまり、完結です。エリーの中には今、この旅が完結する場所である博士のいるところに対する帰巣本能のようなものが発生していたのです。


 これは、意図的に仕込まれたことでもあり、絶滅動物の苦痛から生みだされた呪詛のようなものでもありました。ハーヴィがページを受け取る前夜、ルールー・ララトアレがリョコウバトの羽でつくったペンで余計な一言を書き加えていたのです。記された言葉は――――――ジャバウォック。不思議の国のアリスの続編である鏡の国のアリスに登場する、怪物の名前です。

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