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18『木曜日の晩餐』

 クロネコが今日は木曜日だと言い、エリーがクロネコは賢いねと言いました。二人の周りに散らばっているのは、殺したての猫鬼の死体と、戦闘に巻き込まれて壊れてしまった蝋人間の破片です。


「心臓ってさ、食感が面白いだけで美味しくないよね」


 エリーが猫鬼の心臓をブリンと齧りながらいいました。


「そうね。きっと、筋肉が強すぎるのよ心臓は」

「あー。そっか、筋肉かぁ」


 二人は二か月くらいなら飲まず食わずでも平気なくらい、省エネな体を持っていました。でも、またいつ強敵が襲ってくるかわからない。そう考えると、食べて、食べて、食べて、食べまくって、エネルギーを蓄えておくほうが良いと考えたのです。


「まあ、全部食べるのは一週間以上かかると思うけど……」


 あたりには、猫鬼の死体がゴロゴロとたくさん転がっています。


「いいんじゃない、別に急いでないしさ!」


 エリーは心臓を食べるのをやめ、すぐ近くの死体から大好物の肝臓を引っこ抜きました。


「好き嫌いしてると、後で嫌いな部分ばっかり食べることになるわよ」

「いいよ、ちゃんと食べるから。う……」

「どうしたのよ」

「お腹痛くなってきたんだけど、服脱ぐのめんどくさいなって」

「下着の中に出すとずっと臭いわよ。歩きにくくなるし」

「そっかぁ、もう下だけ脱ぎっぱなしにしようかな」


 今着ている服は、エリーが人生で初めて着た服。脱ぐことに慣れていないのも仕方がありません。


「出したら穿かかなきゃだめよ。せっかく服を着て文化人になったのに」

「ブンカジン? なんかいいねそれ。がんばって毎回穿くよー」

「ほんと、適当ねあなたは」


 クロネコは舌の上で軟骨を転がして、飴のように味わってからカリコリとかみ砕きます。


「それ、美味しい?」


 音を聞いたエリーは、興味津々。


「まずい」


 そういえばエリーの血液はナイルの花と同じ味がしたなぁと、クロネコは思い出していました。


「どうしたの? 俺の顔になにかついてる?」

「な、なんでもない」


 見つめすぎてしまった…………。クロネコは、エリーを傷つけて血を舐めたいという欲望を上書きするかのように、猫鬼の大腸を引きずり出しガツガツとむさぼりはじめました。




 食って、服を脱ぎ、糞をして、服を着てまた食う。糞がしたくなったら服を脱ぎ、出してまた着てまた食べる。そんな行動を延々と繰り返した二人の体に異変が起きたのは三日後のことでした。


「ねぇ、なんか強くなった気がしない?」

「そうね。ちょっと体に力が……すごく、入るようになったわね」


 二人はぎゅっぎゅっと、何度もこぶしを握り明らかに増した腕力を確かめます。


「でもさ、出してるのに不思議だよね。出ないなら、強くなるのもわかるけど」

「別に不思議じゃないわ、生き物は元々、食って出して大きくなっていくものだから」

「でも、俺たちの体は大きくなってないよ?」

「僕らはそういう生き物だから」


 実は二人の体はごくわずかに成長していました。でも、わずかすぎて、気が付くことができなかったのです。


「大きくなりたいなぁ」

「僕は別に」


 それは、猫鬼になるために魂や寿命を圧縮している影響。体内に取り入れた栄養にも圧縮がかかってしまうため、肉体的な成長には結び付きにくいのです。その証拠に、食った量に比べて糞の量がずいぶんと少ないでしょう? まあ、量だけを見たら多いのですが、それは、本当にたくさんたくさん食べたからであり。


「強くなってるみたいだし、まぁいっか。うーん。やっぱり大きくなりたいから、いっぱい食べよう!」


 今回二人が殺した猫鬼は、二十人を超える集団。食べられる内臓は、まだまだたくさんあります。


「ねえエリー。その……一つ提案があるのだけれど」

「なに?」

「えっと……」

「どうしたの?」

「えっと……」

「どうしたの?」

「えっと……」

「どうしたの?」

「えっと……」

「どうしたの?」

「えっと……」


 エリーは、純粋と無垢を宝石にしたかのような綺麗な瞳で、クロネコを心配そうに見つめます。


「どうしたの?」

「えっと……」

「どうしたの?」

「えっと……」


 クロネコがもじもじとしている姿なんて、はじめて見るからです。 


「言いたいことあるなら、言えばいいと思うよ?」

「いや、その。別にこれはあなたを否定したいわけではなく」

「どうしたの?」

「えっと……あのね、聞いてくれるかしら」


 クロネコは大きく深呼吸をして、意を決したようにエリーの瞳を見つめ返しました。


「いいよ。どうしたの?」

「あのね……糞をするときは、この場所から離れてしたらどうかしら。あなたのものだけでなく、僕の糞も同じくして、酷いにおいがするからして、すなわち、猫鬼の死体を食べるのには……その、あたりから、酷い香りがしないほうが、いいと思うのよ。つまりは、別に、糞が臭いのはあなただけでなく、僕を含めた生物全体の話であり……あ」


 とてもつらそうに話すクロネコの頭に、エリーがポンと優しく手を置きました。


「それも、ブンカジンってやつなのかな?」

「そ、そうなのよ!」


 なぜか涙が出そうになったクロネコは、明後日の方向を向きながら答えます。


「わかった!」

「えっと。エリー、あなた、なにをしようとしているの?」


 突然死体の髪を掴んで、引きずって歩き出したエリーにクロネコは困惑しています。


「だって、このあたりは糞だらけでしょう? ブンカジンになるなら、糞のないところで食べないと」

「そ、そうね! 僕も手伝うわ」


 エリーが自分の提案を受け入れてくれたことに安心したクロネコは、少しだけ失禁してしまいました。こんなにも緊張が緩んだのは、今までの人生で一度もなかったことです。


「ありがとう、クロネコ」


 可食部が残っている死体は、あと十二体。二人は死体の髪を、片手に三人分ずつ掴み、ずりずりと糞のにおいがしない場所を目指して引きずっていきます。


「ああ、エリー。そんなに急いだら駄目よ」

「あ、ほんとだ」


 腹をかっさばき済みの死体から、内臓が一つ零れ落ちそうになっていました。


「見てエリー。あれ、ナイルの花畑じゃないかしら!」

「ほんとだ!」


 遠くに見えた美しい緑色の素心花の群れ。二人は朗らかな気持ちで、そこを目指します。


「あそこなら、糞をしながらでも大丈夫だと思うわ」

「うん、お花、いいにおいだもんね!」


 十五分ほどかけてたどり着いた花畑の中に立ってみると、殺してから少し時間の経った死体特有のにおいすらも緩和されるような気がしました。そしてクロネコは再び思い出します。エリーの、血液が、この、花弁と同じ、味、がして、と、ても、甘美、で、あった、こ、と、を。


「どうしたのクロネコ、疲れちゃった?」

「え、いや。そんなことないよ」


 知らぬ間に、荒くなっていた呼吸。クロネコはまた、ごまかすかのように大腸を頬張りはじめます。


「おいおいまじか、同種食いしてるぞ。ただの動物じゃねぇかこいつら」

「もう、ルベローチェ! なんで声かけちゃうんですか。不意打ちしようと思ったのに!」


 花畑のすぐ近くにあった壊れた車の上に、いつの間にか二人の猫鬼が立っていました。炎のような髪と瞳を持つ褐色の肌の少女ハーヴィ・ライブと、ガラスのように透き通った髪と光が内部で乱反射する瞳を持つ少女ルベローチェです。


「なによあなたたち」


 クロネコとエリーが気配に気が付けなかったのは、自分たちの咀嚼音と、ナイルの花と臓腑のにおいに感覚を奪われていたせいでした。


「クロネコ、あいつら敵だ。力を合わせて戦おう」

「うん、そうね。それがいいと思う」


 立ち上がった二人の、はじめは白かった服は、ここまでに浴びた様々なものに染まって――――

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