16『ドッペルゲンガーは、泣くことすらできぬ』
切断されたクロネコの両腕の再生は、予想より早く半日ほどで完了しました。
「これは、仮定だけれど」
「うん」
エリーは真剣な面持ちで、クロネコの話を聞いています。
「脳に本を持つ者と戦うと、僕たちも成長するのかもしれない」
それが、再生が早く済んだ理由であるとクロネコは思ったのです。
「俺、クロネコと戦ってもあんまり変わんなかったけど」
「もしかして、あなたの頭の中に本はないのかもしれないわね」
「ええ……」
「冗談よ。本なしでそれだけ強かったら、おかしいじゃないの」
クロネコは、自分の話はどこか矛盾していると思いつつも、言い切りました。
「クロネコ、話は変わるんだけどさ」
「なによ。ああ、それ?」
モジモジとしながらエリーが両手でさすっているのは、三本目の腕です。
「どう、思う?」
「別に、どうとも思わないけど、そこから腕が出てる感じはきもちわるいわね」
「そうだよね。これ、取ってくれる?」
「痛くても知らないわよ?」
「うん。でも、服がめくれっぱなしはきもちわるいよね?」
エリーが着ているフリルとリボンだらけの服は、袖がとても狭く、シャツとスカートが一体となったワンピースタイプ。そのため、三本目の腕がスカートを派手にめくりあげ飛び出すような形になってしまっているのです。
「脱いじゃったら? 血まみれだし」
「赤い服も悪くないかなって」
「すぐ黒ずむわよ」
「よかったね、クロネコ黒い服着たがってたし」
「そういうことじゃないんだけど」
クロネコはあきれ顔で答えながらエリーの服を脱がせ、不自然な位置から生えている三本目の腕を掴み、右足でその付け根をしっかりと踏みつけました。
「また、生えたらどうしよう」
「そのときは、あきらめて」
「ええ、嫌だ――あっぎゃああ!」
なんの合図もなしに腕を引っこ抜いたのは、クロネコの優しさでした。
「どう、痛い?」
「んん、あんまり。血はどう? いっぱい出てる?」
今までこんなにも痛くない怪我はあったかな? と、エリーは首をかしげます。
「大丈夫。もう閉じちゃったわよ」
裂けて開いた傷は、あっという間もなく塞がっていました。あきらかに以前よりも速い再生……でも、ついさっきすごい勢いで腕が三本生える様子を見たクロネコは驚きません。
「ねぇ、もしかして俺死なないのかな? もうルイスを探す必要もないんじゃない?」
うっすらと残った傷口を掻こうとしたエリーの手を、クロネコが止めます。
「わ……わからないでしょうそんなことは。博士に聞いたほうがいいわ、そう、聞くべきよ! あの人賢いから」
二人の旅が終わるのは嫌だ……そう思ったクロネコがドギマギしながら強く言いました。
「そっか、そうだよね。ありがとう、クロネコ」
「な、なによ」
照れ隠しに、クロネコは今引っこ抜いたばかりの腕を思いっきり放り投げました。クルクルと回りながら飛んで行った三本目の腕。エリーは、きもちわるいな、もう生えてほしくないなと思いながらその姿を見送ったのです。
この先の話は、二人どころか、この世界の誰にも気づかれることのなかった話です。
投げ捨てられた腕の切断面の肉が、動いていました。少しずつ隆起して、肉体を創造しようとしているのです。
モゾモゾ、ムクムク
腕は、必死に、精一杯に、一生懸命に、エリーになろうとして再生を続けていきました。でも、所詮は腕。右胸が三分の一ほど形成されたところで力尽きてしまったのです。
残念でしたね。
その後腕は三日で腐り、そのまた四日後には風化して完全に消え去ってしまいました。
さようなら。




