12『アリスは神なり』
天才科学者ルールー・ララトアレは額を薄橙色のハンカチで押さえ止血をしていました。癇癪を起こしたアリスに、火かき棒で殴られたのです。
「落ち着けアリス、私は猫鬼でも君でもない。殴りすぎると、死ぬぞ」
「ふー! ふっ! ふー! ふー!」
きっかけは、些細なことでした。ルールーに聞かされたシュレディンガーの猫の話が残酷で、残酷すぎて、猫が可哀想で、哀しくて、感情をコントロールできなくなってしまったのです。
「アリス、ひとまずそれを床に置け」
「あんなにも猫を! 猫鬼を働かせているくせに! ルールーが猫をいじめる話をするから!」
「誤解だよアリス。誤解だ。私は猫で実験するつもりはない。それに、猫鬼は元人間だ。つまりあれは猫では――」
「猫の耳があるでしょう!」
ルールーという人間には、どこか、人の気持ちがわかっていないところがありました。
「やめろアリス!」
結局アリスの許しは得られず、ルールーは鉄と楓の木でつくられた棒で殴られすぎて死んでしまったのでした。
「また死んじゃった」
アリスは頭蓋骨が粉砕されグネグネとしているルールーの顔を撫でると、その体にレリジョンオイルをかけ、マッチを擦り放り投げます。
肉が焼ける
よい香りがした
香ばしくて
香ばしくて
喜ばしい
香ばしさに
アリスの脳が
チリチリと刺激され
散り散りになった科学者の
過去と記憶と罪の夢が
キリキリと軋む
青い炎に包まれたルールーの死体に背を向けて、アリスは部屋の隅にある小型コンピュータに駆け寄ります。
「この私にかかれば、こんなもの!」
ランダムに生成される十二個のパスワードを突破して起動したのは、ルールー・ララトアレの再起動プログラム。これであと三十九時間後には、家から歩いて七分程で着く研究所の地下室で、死ぬ直前までの記憶を持ったルールーのクローンが動き出すのです!
「もう、美味しい料理くらいじゃ許してあげないんだから!」
アリスはわかっていました。蘇ったルールーが、アリスを咎めないことを。自分は人を殺した程度で怒られるような価値の低い人間ではないということを、本当に、本当によくわかっていたのです。




