11『服を着てみれば』
エリーが失血死せずに済んだのは、子ども一人分の内臓を食べたたからでした。奥歯で入念にすり潰して、口移し。それを何度も何度も繰り返してくれた、クロネコのおかげです。
「大丈夫エリー?」
「うん、ありがとうクロネコ」
失われた右目はやっぱり、再生しませんでした。でも、出血は止まっています。
「それにしてもあなた酷いにおいよ、エリー」
「クロネコが、たくさん食べさせるから」
エリーの脚の間には糞の山がありました。あれほどの量を食べ続ければ、当然の結果ですね。
「右目、見えなくなっちゃった」
「ちょっと待っててくれるかしら」
クロネコは立ち上がり、窓にかかる白いレースのカーテンをビイイイィと引きちぎります。
「どうするの?」
「こうするの」
カーテンだったものをエリーの頭にぐるりと巻いて、顔面にぽっかりと開いた空洞を覆い隠したのです。
「あれ? なんか目があるみたいな気がする!」
「きっと、風が入り込まなくなったからそう思うのよ」
ズキズキズキズキと鳴り続いていた痛みが、静かになったような気がしたエリーはにっこりとほほ笑みます。
「あはは。先に顔だけ服を着ちゃったね」
「探してみましょうか。この子は男の子だったみたいだけど……可愛い服、あるかしら?」
腹の中身が空になり表側から背骨が見えてしまっている少年は、恨めしそうに眼を見開いたまま微動だにしません。
二人は二階に移動し、少年に与えられていたであろう部屋のクローゼットを開けます。
「わあ! 可愛い!」
「これは、ロリィタと呼ばれるファッションね。あの子、いいセンスしているわ!」
少年の部屋には戦闘機や戦車の模型がたくさんあり、攻撃的な意志に満ち溢れていました。だからこそ余計に、リボンとフリルで満たされたクローゼットの中が柔らかく見えるのです。
「俺、この白いのがいいな。クロネコが巻いてくれたカーテンと同じ色だし。あれ? 白って色? 色であってる?」
エリーが、眼帯代わりのカーテンと同じ色の服を手に取ります。
「はぁ。白とピンクばかりね…………僕は黒が似合うのに」
「きっと、ピンクも似合うよ」
「白は?」
「俺と同じだけどいいの?」
「いいじゃない。白はあなただけのものじゃないのよ」
クロネコは上手く着ることができないエリーを手伝う……どころではなく、下着から靴下、そして靴まで全て着せ付けてやりました。エリーには、服の着方がわからないのです。だってこれが、生まれて初めて着る服なのですから。
「あはは、服着ると動きにくい」
「ロリィタだからよ」
「ロリィタは死にたいの?」
「なにそれ」
「動きづらいと、死にやすくなる」
「心配しなくていいわ。僕くらいでしょう、あなたを殺せるのは」
「あはは、そうだね。うーん、動きにくい。大丈夫かな?」
エリーは自分の力で服を破いてしまわないよう、力を抜いたまま部屋の中を歩き回ってみました。
「そんなに心配なら、試しに猫鬼を殺してみればいいじゃない。それで破れなきゃ、大丈夫でしょ」
「そっか、いい案だね。でも、猫鬼いるかなぁ」
「ここに来る途中に、蝋化した人間があったでしょう。そこで待ってればきっと来るわ」
クロネコはエリーの服とほとんど変わらぬデザインの服を選び、器用に着ていきます。
「ねぇ、猫鬼ってなんで蝋人間集めてるの? あんなもの集めるのってどんな気持ちなのかな? 食べれないし、意味ないよね?」
「さあ? 僕たちが普通の猫鬼だったら、その気持ちを理解できたかもしれないわね」
エリーもクロネコも、白い服。リボンとフリルだらけで重量のある服なのですが……それを重たいと感じられる繊細さは、二人には備わっていません。
「きっとさ、普通の猫鬼って、毎日すごくつまらないから蝋人間を――あ!」
エリーの大きな猫の耳がピクリと動きます。
「猫鬼? なんでこんなところに」
クロネコの耳も、家の外から聞こえた小さな物音をとらえていました。トヌトヌトヌ…………間違いなく、猫鬼の足音です。
「もしかして普通じゃない猫鬼かも! 戦ったら楽しいかな!」
「あ、待ちなさい!」
勢いよく外へ駆けていくエリーを、クロネコが追いかけていきます。
外にいたのは、予想通り猫鬼でした。
「もう、エリーってほんと我慢のできない子ね」
すでに死んでいるのは、エリーが見つけた瞬間に飛びついて殺してしまったからです。
「やっぱり普通の猫鬼だったみたい」
あらぬほうへと曲げられた首。いくら人間より高い治癒能力を持っている猫鬼であろうと、抗えぬほどの致命傷。
「簡単に殺したわね」
「簡単だったよ」
「そう」
クロネコはふと、思います。あの猫鬼のように首を曲げられてしまえば、たとえ特別製の猫鬼である僕であろうと生きていられないのではないかと。
そして、気が付いていませんでした。エリーが爪を使わずに猫鬼を殺したのは、真っ白なカーテンでつくった眼帯とロリィタ服を汚したくなかったからということに。
それは、仕方がないこと。仕方がないことなのです。
エリーの中に芽生え、た、血を、汚い、ものだと思う感性は、まだ、芽生えたばかり、で、クロネコはその感性を持ってもいないし、気が付くほど、の、繊細、さが、備わって、も、いないので、す、から。




