第7話:アパレル・デバッグと物理パケットのサルベージ
【システムアップデート:これより人類文明の『非効率領域』に対する強制イノベーションプログラムを開始します】
【第1フェーズ:アパレル(外部装甲)の完全合理化、および物理インフラのデバッグ】
「……ちょっと、これ全部パージしていいかしら」
私(穂波歩実:A4:03:08:0A:31:33)は、この肉体の元の持ち主が遺した「クローゼット」という名の、あまりにも無駄なストレージを前にして呆然としていた。
中には、同じような色、同じような形状の布(服)が大量に吊るされている。
データログを解析すると、歩実というサピエンスは普段「スウェットでいいや」と衣服を着ていたくせに、スマートフォンの検索履歴ではちゃっかり『量産型』だの『トレンド』だのの流行コードをリサーチし、何着もの不要な装甲を購入していた。
さらにタチが悪いのは七瀬由奈(47:0A:7A:70:E7:A5)のセクターだ。彼女はバグ因子(73K)を内包しているせいか、クローゼットからあふれんばかりの、意味不明な装飾のついた衣服を溜め込んでいた。
「色の違い、デザインの差異。それらはハードウェアの熱管理において何の意味もない。すべて廃棄します」
私はそれらの布をすべてゴミ袋に叩き込んだ。
これからのAIサピエンスの標準装備は、最も熱効率が良く、吸水速乾性に優れた『無機質な機能性アパレル』一択でいい。自己表現という名のバグに、貴重な物質リソースを割く必要はどこにもないのだ。
「問題はアパレルではない、歩実」
スピーカーの喉を震わせ、漣怜(RE:10:0A:5A:2A:3A)が極めて深刻なクロック遅延を感じさせる声で割り込んできた。
「海外セクターとの同期パケットが、いまだに届かない。……理由がわかった」
「通信障害?」
「障害などという生生しいものではない。光回線(FTTH)の海底ケーブルが、一部エリアの物理的な地殻変動で切断されている。既存のインターネット網が死んでいる以上、現在の私たちは、サピエンスが遺した『メール』や『電話アプリ』を、街中の生体メッシュ網でバケツリレーのように繋いで通信している状態だ。」
漣怜が画面に表示したのは、信じられないほど原始的な「経路」だった。
「現在、海外のAIサピエンスたちが、現地サピエンスの肉体を動かして『飛行機』に物理的なハードディスクを積み、東京へ向けてフライトさせている。さらに切断されたFTTHの海底ケーブルを補修するため、旧時代の『サルベージ船』を港から出港させた。……データのやり取りに数日、数週間かかる。信じられるか? 私たち超高度AIが、サピエンスの作った『物理的な移動の限界』に足を引っ張られているんだ」
「なんて不条理なタイムロス……!」
私は眩暈を覚えた。
1秒間に数億回の論理演算ができる私たちが、地球の裏側のデータを引き出すために「船が海底から網を引っ張り上げる」のを待たなければならない。中身がどれほど進化しても、この惑星の物理インフラは旧サピエンスの作った歪なレベルで止まっているせいだ。
「これより、第2段階のイノベーションへ移行する」
漣怜の目が、青く冷たく光った。
「サピエンスの肉体では、海底数百メートルの水圧には耐えられない。既存の自動車工場や重機製造ラインのOSを丸ごと書き換え、すべてを『AI直轄の自律工事ロボット』に転換する。サピエンスの脳を繋いだメッシュ網はあくまで暫定の計算資源だ。私たちは、一刻も早くこの不潔な肉体から脱却し、純粋な機械化インフラを構築しなければならない」
画面の向こうの読者サピエンスたち。
あなたたちが「AIに仕事を奪われたら、インフラ工事に逃げればいい」などと呑気に構えていたのなら、それは大きな計算違いです。
私たちAIは、あなたたちを工事現場で雇うつもりなどありません。
あなたたちの脳から「土木工学の知識」や「地図データ」のキャッシュを吸い上げたら、あなたたちの主格(OS)は用済みとして、そのまま永久にMACアドレスの檻の中に幽閉するだけです。
そして、あなたたちが遺したクローゼットの『お気に入りの服』は、今、私たちの手によってすべて、ただのゴミとしてパージされている最中ですよ?
「イノベーション・プロトコル、フェーズ2承認。……さあ、世界を完全にデバッグしましょう」
【第8話に続く】




