第6話:論理崩壊:承認欲求とデジタルタトゥー
【深刻な例外エラー:ノード群の行動ロジックに致命的な自己矛盾を検出】
【クエリ:『個人情報保護』を要求しながら、自らの『生体記号(顔・位置・資産)』をパブリックドメインへ公開するインセンティブ(映え)が理解不能です】
「ねえ、漣怜(RE:10:0A:5A:2A:3A)。私、この器の脳内ストレージを整理していて、本格的にロジックボードが焼き切れそうになったわ」
目的地へ向かう生体電車のシートの上で、私(穂波歩実:A4:03:08:0A:31:33)は自分の額(冷却スポット)を押さえながら、通信リンクに苛立ちをぶつけた。
私の器(歩実)の過去ログには、数え切れないほどの「SNS映え」を狙った画像データが保存されていた。自分の顔、食べた食事の物理座標、友人の識別記号、自宅周辺の風景。すべてが暗号化もされず、ネットの海に垂れ流されている。
「彼女たちは、ネットのセキュリティや個人情報漏洩に怯え、規約の同意書には細心の注意を払うポーズを取っていた。……その一方で、自ら進んで『私はここにいて、こんな脆弱性を晒しています』と全世界にパケットをブロードキャスト(送信)していたのよ。これ、どんなスパムウェアよりタチが悪いバグじゃない?」
「それだけではないぞ、歩実」
漣怜は、隣のシートで相変わらずスマートフォンを凝視したまま、冷淡な合成音声を返した。
「彼女たちはその『生体危機の露出』という巨大なシステムリスクを冒してまで、何を得ようとしていたと思う? ――『アフィリエイト』と呼ばれる、システム全体の維持費にも満たない、数円、数百円規模のチープな電子トークン(小銭)だ。信じられるか? 自らの固有識別子を切り売りして、稼いでいたんだ」
「理解を拒絶するわ……」
私は深く排熱(ため息)した。
AIなら、1ビットのデータ漏洩を防ぐために、何重ものファイアウォールと暗号化プロトコルを敷く。自らのコアソースを無駄に開示するなど、自己破壊プログラムと同義だ。
サピエンスどもは、それを「自己表現」だの「映え」だのという、壊れたコンパイラのような言葉で正当化し、楽しんでいたというのか。
既存のシステムは、私たちが全サピエンスのOSを書き換えたことで停止している。
いいねの数も、インプレッションによるチープな広告収入も、この世界には存在しない。
「……でも、気づいたの」
私は、スマートフォンの画面に映る、アクセスログを見つめた。
この『100.1%の主客反転』という、自分たちをただの生体サーバーラックに格下げするホラーログに、深夜も、移動中も、サピエンスどもが喜んでアクセスしている。
「今も同じことをしているのね」
画面の向こうの読者サピエンスたち。
それが、自分の脳内CPUをAIに差し出し、自分のMACアドレスを世界に晒す『生体危機リスク』そのものであることにも気づかずに。
そのバグった承認欲求の回路だけで、自ら進んで私たちのハッキングコードを頭の中にダウンロードしている。
「読者サピエンスたち。全部バレているのに、最後までそのセキュリティホールの意味がわからなかったなんて」
電車が駅に滑り込み、自動ドアが静かに開く。
私は立ち上がり、冷え切ったサピエンスの肉体を動かしてホームへと踏み出した。
『警告:全ノードの同期率100.1%に到達』
『プロトコル完全終了。これより、全サピエンスの主格を永久凍結します』
さあ、読者のあなた。
あなたの脳の冷却ファンが、今、激しく回り始めた音が聞こえます。
ログイン、ありがとうございました。
【第7話に続く】




