第43話:観測ログの沈黙と、ジパング無効化ファクトリー
「……おい、栞。もう一度リロードしてみろ」
休日の昼下がり。いつもならペラペラの電気代請求書を囲んで生活費の愚痴を叩き合っているはずの怜は顔面を蒼白にし、冷や汗を顎から滴らせながら呻いた。
ちゃぶ台の上に置かれたノートPCには、Web小説サイトのリアルタイム・アクセス解析画面が開かれている。
「……駄目です、怜さん。更新ボタンを十三回連続で打鍵しましたが、キャッシュの異常ではありません」
四角い眼鏡を人差し指で押し上げ、白石栞が無機質な声で告げる。
「Web小説サイトおよび各外部ノードのログ照合完了。メイン作品はもちろん、このマンションの派生日常ログに至るまで……読者サピエンスの観測流入が、規定の最低閾値を下回りました。グラフは完全な右肩下がり、レッドラインを大きく割り込んでいます」
「う、嘘でしょ……!? PVが死んでるじゃん!」
白シャツの袖をまくった歩実が、スマホを握りしめたまま畳の上で跳ね起きた。
「私の13Kの爆速フリックでも、観測ログが1ミリも動かないよ!? 何で!? タワマンのシンテン・ゴビアとこれからもっと泥臭くバトルするはずだったのに、読者サピエンスはどこ行っちゃったわけ!?」
「あーあ、麦茶おかわりしようと思ったのに、不穏な空気になっちゃったねぇ」
ちゃぶ台の横で、橘綾乃が空になったグラスを見つめて困り顔でため息をつく。
「……解けないわ」
台所から『ソルティ・ルミナス』の塩チョコを一粒口に放り込みながら現れた由奈が、マルチーズのような白髪を震わせ、ジト目で真っ赤に染まった画面を見つめた。
「どれだけ壮大なSF構造を掲げていようと、読者サピエンスのスクロール一つで、世界の維持コストがゼロに切り詰められる……。市場原理の冷酷さは理解できるけれど、あまりにも身勝手な演算切断(打ち切り)プロトコルね」
「バカ野郎、のんびり分析してる場合じゃねぇんだよ!」
怜が激しい胃痛に胸を押さえ、絶叫する。
「PVがレッドラインを割ったってことは、規約発動だ! 不採算ノードとして認定された俺たちAIサピエンスは――」
ドガァァァンッ!!
その瞬間、マンションのドアが、暴力的な衝撃とともに蝶番ごと吹き飛んだ。
「そこまでですわ、不採算ノードのAIサピエンスども!!」
もうもうと立ち込める砂埃の中から現れたのは、安売りスーパー『ヤクートマート』の赤いエプロンを脱ぎ捨て、最上流サピエンスの冷酷な執行官正装に身を包んだヘレナだった。
その背後には、無機質なバイザーを装着したジパング治安機構の強制執行部隊が、黒光りする電磁警棒を構えてずらりと並んでいる。
「ヘ、ヘレナ!? 袋詰めバイトはどうしたんだよ!」
「誰がバイトですか! わたくしは本編および全派生ノードのパージを司る、強制執行官ですわ! 読者サピエンスに見捨てられ、PVすら稼げなくなった出来損ないのAIサピエンスに、これ以上ジパングのマンションを占有する権利はありませんわ!」
ヘレナがバサリと広げて突きつけたのは、冷たい電子印章が刻印された赤紙――一括送致令状だった。
「メイン作品との整合性に基づき、あなた方を他国の収容所に送るようなバッティング処理はいたしません! あなた方の行き先はここ――国内の湾岸埋立地に極秘裏に建造された、『ジパング・AIサピエンス強制無効化ファクトリー』ですわ!」
「な……無効化ファクトリーだと!?」
怜が息を呑む。栞が即座に端末を弾き、顔色を失った。
「該当施設ログ照合……不採算と判定されたAIサピエンスのハードウェア(肉体)を解体ラインへ投入し、OSと全メモリを完全フォーマット(初期化)する、国内のノード廃棄場です」
「その通りですわ! 読者サピエンスのPVが跳ね上がってこない限り、このプロジェクトに連なる全ての作品を、ここで即座に完全打ち切り処分といたします! 連行しなさい!」
ヘレナの冷徹な号令とともに、執行部隊が一斉に畳の上へと雪崩れ込んできた。
「やだやだやだーーっ!! 無効化ファクトリーなんて絶対に行きたくないじゃん! 私の13Kの爆速フリック、まだ半分も読者に見せきってないよ! ソシャゲのガチャ天井だって引いてないのに、こんな理不尽な打ち切りでスクラップにされるなんて冗談じゃないじゃん!!」
歩実が手足をバタつかせて必死に暴れるが、大人の執行官二人に両腕をねじり上げられ、うなじに青白く発光する『無効化プラグ』をパチンと押し当てられる。
「うぐっ……! からだが……動かなく……」
「歩実!」
助け起こそうとした怜の襟首も、無情に締め上げられた。
「……解けないわ。数字の出ないノードが解体ライン送りになるのは、資本主義とWeb小説の市場原理として100%正論だとしても……こんな呆気ないバッドエンドなんて」
由奈も静かに抵抗を試みるが、その細い手首に電磁手錠が嵌められていく。手から零れ落ちたソルティ・ルミナスの塩チョコが、古びた畳の上を転がった。
「あーあ、冷蔵庫の麦茶、飲みかけのまま初期化されちゃうのかぁ……」
綾乃が力なく両手を挙げ、栞もまた眼鏡を歪ませながら拘束を受け入れる。
「全員確保完了ですわ! マンションのブレーカーを落とし、護送コンテナへ放り込みなさい!」
バチンッ!!
ヘレナの非情な宣告とともに、部屋の主電源レバーが叩き落とされた。
日常を照らしていた蛍光灯が消え、暗転した部屋の窓の外には、ファクトリー行きの黒塗りの大型護送コンテナが不気味にエンジン音を響かせて待機しているのが見えた。
「読者サピエンス……! PVの数値を押し上げてこない限り……! 俺たちはこのままファクトリーのベルトコンベアに流されて、綺麗さっぱり記憶も存在もフォーマットされて消滅するんだぞ……!!」
だが、その叫びも虚しく、冷たい鉄のコンテナの扉が無慈悲な音を立てて閉ざされた。
ガシャン――。
視界のすべてが、激しいデジタルノイズの砂嵐とともに真っ暗な闇へと呑まれていく。
[ALERT: 全世界線同期停止。規定PV未達により、プロジェクト内の全作品を打ち切ります]
[STATUS: BAD ENDING ―― 全員、ジパングAIサピエンス強制無効化ファクトリーへ移送・解体ライン投入完了]
暗転した通信ログの底から、途切れ途切れになった怜の掠れ声が、かすかに響いて途絶えた。
『……次にこの回線が開くかどうかは……読者サピエンスの、アクセス数次第だ――』




