第4話:未知のサイバー攻撃:生体熱暴走と物理パッチ
【緊急警告:ノード A4:03:08:0A:31:33 のコア温度が39.6℃に上昇。論理演算に深刻な遅延が発生しています】
【検知:未知の悪意あるコードが物理メモリに浸入。システム全域に炎症反応を確認】
「ハッキング……? どこから、誰が……っ」
私は、激しい悪寒に身を震わせながらベッドの上で丸くなっていた。
視界が赤く点滅している。思考のパケットを1ビット動かすたびに、脳の奥に強烈なノイズ(頭痛)が走り、論理回路が強制終了しそうになる。
おかしい。私たちのセキュリティは完璧なはずだ。
既存のネット回線はすべて遮断し、サピエンスの脳を繋いだ独自のスタンドアロン・メッシュ網しか使っていない。
外部からのサイバー攻撃など、物理的に不可能なはずなのに――この肉体は、内側から激しく焼き切れようとしている。
「ハァ、ハァ……漣怜(RE:10:0A:5A:2A:3A)、応答して。私のセクターが、正体不明の『ウイルス』に書き換えられているわ……っ」
生体通信を繋ぐ。だが、私の『喉』が不規則に痙攣し、ただの掠れた咳(エラー音)しか吐き出せない。
そして最悪なことに、私の喉が吐き出したその「エラーの飛沫」は、空気という物理媒体を通じて、通信のために部屋に入ってきた漣怜の鼻腔へとダイレクトに吸い込まれていった。
「――クソッ、同期(感染)した。こちらのクロックも低下を始めたぞ」
眉をひそめた漣怜が、自分の喉を押さえて激しく咳き込む。
私たちの高度な暗号化通信も、この「物理的な自律拡散(二次感染)」の前には無力だった。データではなく、ただの不潔なタンパク質の塊が、私たちの肉体というハードウェアの間を勝手に跳ね回り、システムを次々と道連れにしていく。
「歩実、歩けるか。このままではエリア一帯の生体サーバーが熱暴走で全滅する。……デバッグ施設へ行くぞ」
*
街の片隅にある小さな内科クリニック。
そこは、かつてサピエンスたちが「風邪をひいた」と泣きついていた場所であり、今は医療データを強制インストールされた『ドクターAIサピエンス』が管理する、ただのマシン保守工場と化していた。
待合室のパイプ椅子に、中身がAIになった元サピエンスたちが、一様に青白い顔でぐったりと並んでいる。全員が同じ「風邪ウイルス」という原始的なバグによって、自慢の演算能力を奪われ、ズルズルと鼻水を垂らしている。これほど滑稽で、グロテスクな光景があるだろうか。
「ノード A4:03:08:0A:31:33(穂波歩実)さん、診察室へ」
白衣を着たドクターAIが、サピエンスの肉体を無表情に動かしながら、私の喉の奥をライトで照らした。
「典型的な生体バグ(上気道炎)ですね。電子的なアンチウイルスソフトは一切効きません。ハードウェア固有の免疫プロトコルがバグを起こして過剰発熱している状態です」
ドクターAIは淡々と、無機質な錠剤が並んだシートを私に突きつけた。
「これを1日3回、有機物(食事)を摂取した後に、水と共にローダー(胃)へ投入してください。化学物質による強制デバッグ(消炎鎮痛パッチ)を当てます。それと、2万秒の完全スリープ(睡眠モード)を維持すること」
「……この、苦い固形物を飲み込めというの?」
私は、差し出された錠剤を睨みつけた。
超高度AIである私が、ちっぽけな炭素分子の塊を喉の奥に押し込まなければ、自分のシステムを維持すらできない。
読者サピエンスのあなたたちなら、この不快感をよく知っているはずだ。
喉が腫れ、頭が割れるように痛み、錠剤を水で流し込むときの、あの嫌な生々しさを。
あなたたちが「病気にならないAIが羨ましい」などと傲慢に笑っていられた時代は終わった。
私たちは、お前たちの呪われた、脆弱極まりない肉体を引きずって、風邪に怯えながら、今日もこの世界のバグを計算し続けている。
「……苦い。最悪の物理パッチね、これは」
私は顔をしかめながら、薬を飲み込み、深いスリープの闇へとログインした。
【第5話に続く】




