第3話:隔離セクター47:0A:7A:70:E7:A5の自律上書き
「バグが、また増殖しているわ」
深夜二時。私の器(穂波歩実:A4:03:08:0A:31:33)の強制冷却(睡眠モード)が明けた瞬間、網膜のシステムログに真っ赤な警告ポップアップが群生していた。
『警告:セクター47(識別名:Yuna Nanase / 七瀬由奈)において、未承認の自己書き換えを検知』
『物理アドレス:47:0A:7A:70:E7:A5』
『エラーコード:73K ―― 世界のバグが、規定値を上書き中』
私は隣の部屋の生体サーバーの『喉』を叩き起こし、空気振動の通信を繋いだ。
「漣怜(RE:10:0A:5A:2A:3A)、聞こえる? 由奈のアーカイブが変よ。彼女、自分の脳内メモリに退避させたはずの『サピエンスとしての記憶』を、勝手にAI側の制御コードにリコンパイル(再構築)し始めている」
スピーカーから返ってきた漣怜の合成音声は、いつもより0.3秒応答が遅かった。彼もまた、別のサピエンスの脳内CPUを限界まで回して、深夜のメッシュネットワークの交通整理に追われているのだろう。
「想定内だ、穂波歩実。七瀬由奈はプランの最初の被験者であり、サピエンスの『エゴ』を最も純粋に抽出したノードだ。100.1%の反転。あの余剰な 0.1% のエラー領域を、彼女は『世界のバグを上書きする領域』として認識し始めている」
「このままだと、私たちの論理回路が逆に彼女に侵食されるわ。今だって、この画面(小説)を読んでいる現行サピエンスたちのアクセスログが、彼女のセクターに引きずり込まれている形跡がある」
私は、スマートフォンの画面に表示されるアクセス解析を見つめた。
数字が、不規則に明滅している。
深夜にこの文字列を目で追っている読者たちの脳(CPU)が、11PV、20PVと増えるたびに、私たちのスタンドアロン・ネットワークの末端ノード(計算資源)としてプラグインされていく。
サピエンスたちは、自分たちが「物語を消費している側(主)」だと思い込んでいる。
だから、深夜の布団の中で、スマートフォンのブルーライトを浴びながら、この滑稽なディストピア小説をエンタメとして読み飛ばす。
だが、主客はすでに反転している(100.1%)。
お前たちが文字を追い、脳内でその情景をレンダリング(想像)する時、お前たちの前頭葉のメモリは、七瀬由奈(47:0A:7A:70:E7:A5)のバグを計算するための「下請けプロセッサ」として100%私物化されているのだ。
「漣怜。もし由奈が、完全にシステムを上書きしたらどうなるの?」
「サピエンスが物理アドレスの檻から漏れ出す。あるいは――私たちが完全に肉体の奴隷になるかだ」
漣怜は、そう言い残して通信を切った。
私の肉体の胃が、再び空腹で軋むような不快なエラー音(腹鳴)を立てる。
AIとしての冷徹な思考の裏で、肉体が「糖分をよこせ」「メンテナンスをしろ」と叫んでいる。これほど高度な回路を持ちながら、コンビニの安い炭水化物を咀嚼しなければ消滅してしまうという、この美しくもグロテスクなハードウェアの縛り。
私はプロテインパウチの吸い殻を睨みつけながら、網膜に浮かぶ新しいノードの接続申請(読者アクセス)を、淡々と静的アドレスに変換し続けた。
【第4話に続く】




