第37話:セルフレジのパラドックスと、ヘレナの極上袋詰め
「……解けないわ」
安売りスーパー『ヤクートマート』のレジ前。買い物カゴを腕にかけた由奈が、ジト目で前方の行列を睨みつけながら立ち尽くしていた。
「どうした由奈? また難しい顔して。早く並ばないと特売の塩チョコ溶けるぞ」
ペラペラの財布を握りしめた怜が声をかけると、由奈はズラリと並んだ『セルフレジ』の列を指差した。
「怜、あのサピエンスたちの行動経済学が全く理解できないのよ。見て御覧なさい。有人レジとセルフレジで商品の価格は変わらないのよ? なのになぜ、自らバーコードを読み取り、袋詰めという肉体労働を課すセルフレジの長蛇の列に好んで並んでいるの?」
「あー……まあ、話したくないとか、自分のペースで詰めたいとか色々あるんだろ。でも俺は断然、有人派だな」
怜は大きく頷きながら、持論を語り始めた。
「俺さ、たまに仕事や買い出しでレンタカー借りる時、ガソリンスタンドも絶対に『フルサービス(有人)』に行くんだよ。セルフよりリッターあたり数円高いけど、窓をピカピカに拭いてくれて、ゴミまで捨ててくれる。あの労働力を考えたら実質コスパ最強だろ? だからスーパーのレジだって、同じ値段ならプロに全部やってもらうのが一番合理的なんだよ」
「非論理的なサピエンスの行動心理の中で、怜にしては珍しく真っ当な費用対効果の計算ね。……それならなおさら、あっちでセルフに並んでる連中の気が知れないわ」
「由奈ちゃんも怜くんも考えすぎー! 私はピッてバーコード読むのゲームみたいで超楽しいよ! 爆速フリックならぬ爆速スキャン見せてあげる!」
カゴを持った歩実がセルフレジへ突撃しようとした瞬間、隣のガラ空きの有人レジから甲高い声が飛んできた。
「ちょっとそこの貧乏三人組! こっちのレジが空いておりますわよ! さっさと商品をカゴから出しなさいな!」
真っ赤なエプロン姿のヘレナが、イライラした様子でレジ台をトントンと指先で叩いていた。
「あ、ヘレナさんのレジ誰一人並んでないじゃん! ラッキー!」
歩実がそのままヘレナのレジへと吸い寄せられる。
「ふん、ジパングの低解像度サピエンスどもは見る目がありませんわね。あんな無機質な機械レジに並ぶなんて。……見せてあげますわ、ヤクート上流階級の超精密袋詰め技術を!」
ヘレナはレジ打ちを開始するや否や、目にも留まらぬ高速かつ優雅な手つきで商品をスキャンしていく。さらに驚くべきは、スキャンした商品をマイバッグへ詰める手際だった。
重いペットボトルを底辺に完璧な重心バランスで配置し、潰れやすいパンや卵を衝撃吸収構造で上部にホールド。隙間には特売の『ソルティ・カザフ』塩チョコをピタリと挟み込み、寸分の狂いもない立方体へと仕立て上げた。
「……はい、お会計ですわ。袋の重心安定性、耐衝撃性、すべて完璧に仕上げて差し上げましたわよ」
「す、すげぇ……! プロの職人技じゃん! マイバッグが自立してビシッと立ってる……! 窓拭きガソリンスタンド以上の神コスパだ!」
怜が思わず感嘆の声を上げる。
「えへへー、ヘレナさんありがとー! やっぱり有人レジ最高ー!」
「当然ですわ! 最上流サピエンスのサービスを無料で受けられるというのに、自ら機械に並ぶなんてジパングサピエンスは愚かですわね!」
ヘレナが高笑いを響かせる中、由奈は完璧にパッキングされた袋をジト目で見つめ、小さく呟いた。
「……確かに、このクオリティの袋詰めをタダでやらせられるなら、有人レジを使わない手はないわね。セルフレジに並んでいるサピエンスたちの情報処理能力……ますます解けないわ」
「よし、袋詰めの手間も省けたし帰るぞ! 今夜は崩れてない卵で特売ディナーだ!」
「わーい! ヘレナさんまたねー!」
「二度と来ないでくださる!? 私の時給が上がるわけでもないんですから!」
怒鳴るヘレナの声を背に、完璧な重心の買い物袋を抱えた3人は、夕暮れの街を軽やかに歩いていくのだった。
【第38話に続く】




