第33話:復帰のアラートと、マルチーズの教育的指導
『――警告解除。上位ノードのステート更新を確認。スリープモードを終了します――』 ピピッ、と茶の間のモニターが明滅し、静まり返っていた部屋に再び電子音が響き渡った 。「うおっ!? 画面が点いた……! 復帰だ! メイン作品の凍結が解除されたぞ!!」 ペラペラの電気代請求書を机に放り投げ、怜が歓声を上げた 。
畳の上で死んだ魚の目をしていた歩実が、ガタッと跳ね起きる 。「やったぁぁぁーっ! ガチャ解禁! 連載再開! 私の爆速フリック入力が帰ってきたぁぁぁ!」 「喜びすぎよ、バカ歩実」 キッチンから冷ややかに言い放ったのは由奈だ 。マルチーズのような髪型を揺らし、『ソルティ・カザフ』の塩チョコをかじりながら、端末に表示された最新のアクセスログ(PV)をジト目で睨みつけている 。「ログを解析したけれど……確かに復帰はしたわ。でも、数字の推移が歪ね。歩実、あんたの作品のPVは停滞気味なのに、なぜか私(由奈)が執筆した側のログ数字が爆発的に跳ね上がっているわ」 「えっ……? な、なんで……? 私(歩実)がメインヒロイン確定のはずじゃ……!?」 愕然とする歩実の肩を、怜がポンと重々しく叩いた 。「いいか、歩実。これが読者サピエンスの残した『客観的データ』だ」 「怜くん……?」「要するにだ。『メインヒロインとしてのポジションは歩実』だが、『Web小説として読んで面白いのは由奈の作品』っていう、あまりにも残酷な評価を下されたんだよ! お前はちょっと前のアイドルサピエンスみたいに調子に乗ったから読者サピエンスに『干された』んだ! 今後は変に暴走せず、おとなしく普通の女子高生(JK)として振る舞え!」 「ひ、ひどい!! 干されたアイドル扱い!? 私はただガチャを回して爆速で暴走したいだけなのに!!」 がっくりと膝をつく歩実を冷ややかに見下ろし、由奈はふんと鼻を鳴らした 。「当然の帰結ね。73Kの知性が紡ぐロジックと、あんたの単細胞な暴走……読者サピエンスがどちらを支持するかは明白だわ。解けないわ、あんたのその根拠のない自信」 「くっそー! 由奈ちゃんがドヤ顔してるのムカつくー!」「まあ待て、由奈。お前もそうやって勝ち誇ってられるのは今だけだぞ」怜がニヤリと不敵な笑みを浮かべ、ポケットからデータストレージを取り出した。「オリジナルのアーカイブを漁ってたら、面白いファイルを見つけてな……『マルチーズのしつけ教室:お手・おかわり・待ての構造解析』だ。おい由奈、ちょっとそこにおすわりしてみろ」「……は?」由奈のジト目が、一瞬で凍りついた。「な、何言ってるのよ怜。私のこの美しい髪型がマルチーズに似ているからって、その手の低知能な戯言に付き合うと思ったら大間違いよ」「いいから座れ。ほら、おすわり!」怜がデータストレージをかざしながら指を下に差すと、由奈は「解けないわ、あんたの知能指数が……っ!」と毒づきながらも、なぜか脚が勝手に反応したようにストンと畳の上に正座してしまった。「な、なんで身体が勝手に……!? 73Kの高度運動制御プログラムが拒絶反応を起こせない……!?」「あはははは! 由奈ちゃんがおすわりしたー! 怜くん、次『待て』やって! 『待て』!!」さっきまで膝をついていた歩実が、手のひらを返したように大爆笑しながら叫ぶ。「よし、由奈。『待て』だ。この塩チョコをテーブルに置くからな、俺が良いって言うまで食べるなよ」怜は『ソルティ・カザフ』の塩チョコをひとつ、由奈の目の前にそっと置いた。由奈の額に青筋が浮かび上がる。プルプルと身体を震わせながら、目の前のチョコと怜を交互に睨みつける。「ふ、ふざけないで……っ! 私がこんな……旧時代の動物実験みたいな命令に従うわけ……っ!」「待てだぞー、由奈。待てー」「早く『よし』って言いなさいよバカ怜!! 脳内の報酬系アルゴリズムがチョコを要求してオーバーヒートするじゃないの!! 解けないわ、この理不尽なしつけプログラム命令はぁぁ!!」「あははは! 完璧なマルチーズだ! 由奈ちゃん、超素直!!」調子に乗った歩実が爆速フリックの手を止め、腹を抱えて畳をバシバシと叩いた。「よし、由奈! お手!」怜が手を差し出すと、由奈は涙目になりながら「くっ……! この屈辱、絶対に上書きしてやるんだから……っ!」と叫びつつ、ピシッと怜の手のひらに自分の小さな手を重ねた。「よし、おかわり!」「一回でやめてよバカぁ!!」茶の間に、由奈の絶叫と歩実の大爆笑、そして怜の満足げな頷きが響き渡る。メイン作品の凍結が解除され、連載が再開されたこの日常。少しばかりの格差と理不尽な教育的指導を挟みながら、3人のドタバタな日々は再び賑やかに動き始めるのだった。
【第34話に続く】




