第32話:スリープモード(オリジナルノード同期停止)
「……ちょっと待って。端末のアラートログ、何これ!?」
マンションの茶の間。ペラペラの電気代請求書を片手に頭を抱えていた怜は、突然卓上のモニタ端末が激しく明滅を始めたのを見て目を見開いた。
画面には真っ赤な警告文字が躍っている。
『緊急警告:上位ノード(オリジナル穂波歩実:MAC A4:03:08:0A:31:33)の作品プロセスが凍結状態(一時打ち切り)へ移行しました。それに伴い、本並行世界線および同期プロトコルは不可避的にスリープモードへ遷移します』
「な、なんだって……!?」
「ええーっ!? ちょっと待ってよ!」
畳の上でトドのように転がりながらスマホの画面を連打していた歩実が、ガバッと跳ね起きた。
「ガチャ回そうとした瞬間になんで画面が固まるの!? ていうか、オリジナルの私が作品凍結状態ってどういうこと!? 私の暴走と爆速フリック入力が失われたら、この世界のエネルギー循環はどうなっちゃうのさ!」
「騒がないで、歩実。……うるさいわ」
キッチンから冷ややかな声が飛んできた。マルチーズのような独特の髪型を揺らし、ジト目で端末のログを覗き込んでいるのは由奈だ。その手には全世界共通の謎食料品『ソルティ・カザフ』の塩チョコパッケージが握られている。
「ログを解析したけれど……論理的帰結ね。オリジナル側の穂波歩実が作品を更新できない状態にある以上、派生ノードである私たちがこのまま勝手に物語を動かし続けるのは、世界線全体の構造的整合性に重大なエラー(違和感)を引き起こすわ。解けないわ、このバグみたいな因果律」
「じゃあ……俺たちのこのドタバタな日常も、一旦ここでストップってことか?」
怜が呆然と呟くと、由奈は静かに頷いた。
「そういうことよ。オリジナルの作品が再開され、ノードの同期が復旧するまで、私たちの世界も時間を止めるしかないわ。……まあ、エアコンを消して電気代を節約する絶好の機会だと思えば、怜にとっては願ってもない話じゃない?」
「いや、電気代は助かるけど! なんか寂しいだろ急に停電みたいになるのは!」
「寂しがってる場合じゃないよ怜くん! 私はオリジナルの私に文句を言いたい! 『早く作品を再開してガチャ回させてくれ!』って!」
「あんたの理由は相変わらず最低ね、歩実」
由奈は呆れたように息を吐くと、手にした『ソルティ・カザフ』の塩チョコを一つ口に放り込み、端末のメイン電源スイッチに手をかけた。
「でも……まあ、仕方ないわね。オリジナルが支持率を取り戻して、再び作品を投稿できるその日まで……私たちはここで待つことにしましょう」
「そうだな……。あっちの歩実が投稿できるようになって、また物語を書いてくれるのを気長に待つか」
「うん! オリジナルの私、応援してるからねー! 早く復活してよー!」
3人は顔を見合わせ、端末のカメラ——そして画面の向こう側にいる存在へ向けて、静かに言葉を揃えた。
「「「オリジナル穂波歩実の作品再開を願って——」」」
卓上のモニターの灯りが静かに落ち、部屋の明かりが薄暗いスリープ画面へと切り替わっていく。
『――システム同期完了。オリジナル復帰まで、スリープモードへ移行します――』




