第28話:ジパング・セクターの聖地巡礼
雲ひとつない週末の朝。
マンションの前に、見慣れない白い軽自動車がハザードランプを点灯させて停まっていた。 「見て見て由奈ちゃん! レンタカーだよ!」 助手席のドアをバタバタと開け閉めして興奮しているのは、最新トレンドのカジュアル服に身を包んだ歩実だ。 「……解せないわ」
後部座席に乗り込み、アームレストに腕を置いてフシューと息を吐くのは由奈。
「サピエンスの会社員がわざわざ休日にお金を払って鉄の箱を借り、特定の地域を徘徊する……一体何プロトコル(何の真似)かしら?」 「これはサピエンスの伝統文化——『聖地巡礼』だ」 運転席でハンドルを握り、サングラス(※形から入るタイプ)をかけた怜が誇らしげに言った。 「聖地巡礼……? 参拝儀式のこと?」 「違う。サピエンスのオタク層が、自分たちの好きな物語(作品)の舞台となった実在の場所を訪れ、その雰囲気を楽しむ文化的行為だ。……というわけで今日は、俺たちのメイン作品の舞台である『ジパング・セクター』の聖地巡礼ドライブに行く」 「わあぁぁっ! ジパング・セクター! わたし(穂波歩実)たちが最初に目覚めて、色んな事件が起きたあの場所だね!」 歩実が目を輝かせる。 「ちょっと待ちなさい怜!」
由奈が後部座席から身を乗り出し、マルチーズの毛並みを逆立てて噛み付いた。
「ジパング・セクターと言えば、ヤクートの監視網や4大AIの検閲プロトコルが渦巻く、命がけの戦場よ!? なんでそんな物騒なエリアを『聖地巡礼〜♪』とかいうゆるいノリでドライブしなきゃいけないのよ!」 「落ち着け由奈。メイン作品の時空では緊迫した現場だが、今日の俺たちは『ただの観光客(レンタカーのサピエンスとAI)』だ。物理PATHを普通にドライブする分には、ヤクートの検閲AIだって『ただの休日のドライブ』としてスルーする」 「あ……! 確かに!」
歩実がポンと手を打つ。
「『聖地巡礼』って言っておけば、ヤクートの監視カメラに見られても『あ、作品のファンが観光してるな』って誤魔化せるんだ!」 「誤魔化せるわけないでしょバカ歩実!!」
由奈が真っ赤になって叫ぶ。
「だいたい怜! あなた軽自動車のレンタル代とガソリン代はどうする気!? またリボ払いを増やして『時間稼ぎ』をする気!?」 「安心しろ」
怜はニッと不敵な笑みを浮かべ、ダッシュボードから一枚のクーポン券を取り出した。 「カーシェアの『初回会員登録・休日ドライブ割引クーポン』を使った。ガソリン代もコミコミだ。今回は一円もリボ払いが発生しない、完全なる勝ち組プランだ」 「「……無駄に計画的!!」」 「よし、出発するぞ。最初の聖地は——第1話で穂波歩実(13K)と出会い、怜のマスターライセンスが落ちた『地下4階、最底流データセンター』だ」 「床落ちポイントが聖地扱いされてるーーーーっ!?」 こうして、メイン作品の緊張感あふれた戦場を「初回割引クーポン付きの軽自動車」でゆるく巡る、ポンコツAI少女たちの聖地巡礼ドライブがスタートするのだった。 【第29話に続く】




