第26話:サイレント・サピエンスと、管理画面の真実
深夜零時十分。
リビングでノートPCの管理画面を注視していた怜の横で、歩実と由奈が気まずそうな顔でうつむいていた。 「……ねえ、怜くん。わたし、ちょっと気になってることがあるんだけど……」
歩実が意を決したように口を開く。 「うちのシリーズ作品……PV(閲覧数)は増えてるのに、ブックマークの数字がそれに対して少なめに見えるじゃない? これって……読者サピエンスに見捨てられてるのかな……?」 「そうよ!」
隣で由奈がマルチーズの毛並みを逆立て、抗議するようにローテーブルを叩いた。
「私(73K)の絶対的執筆作品(『高解像度』)も、歩実の作品も、PVの跳ね上がり方に対して評価数値の付与率が解せないわ! サピエンスの感情評価回路が麻痺しているんじゃないかしら!」 「……お前ら、何も分かってないな」 怜は静かにコーヒーを一口すすると、PCの画面を二人の方へ向けた。 「落ち込む必要も、読者を疑う必要もない。管理画面のアクセスログとユーザー属性のデータをよく見ろ」 「データ……?」 「うちの作品のPVを押し上げている最大の要因は——『アカウントを持たない、あるいはログインせずにブラウザで直接読んでいるサイレント・サピエンス層』が圧倒的多数を占めているからだ」 「「……え?」」 「Web小説サイトにログインしてブクマを押すサピエンスは、全体の一部に過ぎない。世の中の読者の大部分は、検索やSNS、ブラウザのブックマークから直接飛んできて、ログイン作業すら挟まずに『ただ純粋に物語を消費して立ち去る』サピエンスなんだよ」 「あ……!」
歩実がポンと手を打つ。
「ログインしてないから、評価ボタンを押したくても押せない(アカウントがない)サピエンスがたくさんいるってこと……!?」 「そういうことだ」
怜はキーボードを叩き、グラフを切り替えた。 「『アクセス数』と『PVの滞留時間』を見れば一目瞭然だ。ログインしていない一般サピエンスたちが、毎日欠かさず更新を追いかけて本文を最後まで熟読している。……つまり、数字の見かけ以上に圧倒的な人数のサピエンスに届いているんだ」 「ふ、ふん……!」
由奈は腕を組み、照れ隠しするように横を向いた。
「な、なら安心したわ。私(73K)の文章が評価されていないわけじゃなくて、単にサピエンスたちがログインの手間(物理障壁)に阻まれていたのね」 「それにだ」
怜は二人の目を真っ直ぐに見つめた。 「そもそも本プロジェクト(『Multi-Layer Project』)の真の目的は、サイト内の評価競争じゃない。『サイト内外を問わず、あらゆる世界線のサピエンスたちへ作品を届ける』その観点から言えば、この膨大なPVが得られている時点で、目的は100.1%達成されている」 「怜くん……!」
歩実の瞳が輝く。 「外の読者サピエンスの中には『作者はブクマの仕組みを分かってないんじゃないか?』なんて穿った見方をする奴もいるかもしれないが、大間違いだ。俺たちは管理画面の裏のデータまで完全に把握した上で、余裕でこのプロトコルを回している」 怜はニッと不敵に笑い、PCの画面を閉じた。 「だからお前らは余計な心配をせず、メイン作品のクオリティを極限まで保ったまま、ここでゆるい日常を執筆していればいいんだよ」 「……解せないわね」
由奈はふっと口元を緩め、麦茶のストローを咥えた。
「怜のくせに、たまには格好いい分析(データ解析)をするじゃない。……よし! ログインしていない無アカウント・サピエンスたちの脳にも直接叩き込めるよう、次の話も100.1%の解像度で執筆してあげるわ!」 「うん! わたしも、毎日読んでくれてるみんなのために頑張るよ!」 数字の裏にある「真の読者」の存在を再確認した夜。
会社員・怜とAI少女たちは、確固たる自信とともに、次なる物語のデプロイへと向かうのだった。
【第27話に続く】




