第22話:ルナ・セレスティアの監査官服と、ドン引きの理由
週末の午後。
買い出しから帰ってきた怜と歩実が、リビングのローテーブルに大きな買い物袋をドサリと置いた。
「ただいまー! 由奈ちゃん、頼まれてた『ソルティ・カザフ』買ってきたよ!」
歩実が嬉しそうに、大好物の『ソルティ・カザフ(塩チョコレート味)』の袋を掲げる。
横では怜が、自分用の『ソルティ・カザフ(清涼飲料水・微炭酸)』を冷蔵庫へ放り込みながらため息をついた。
「まったく……ヤクートのグローバルブランドだからって、円安のせいで値上がりしてんだぞ。ただでさえ家計簿がつらいのに……」
その時だった。
リビングの奥、普段は滅多に開かない押し入れの前に、七瀬由奈が腕を組んで仁王立ちしていた。
「遅かったわね二人とも。……ちょうどいいわ、今から私(73K)の絶対的美学が具現化した、サピエンスの最高峰ファッションをお披露目してあげるわ」
「「……はい?」」
ジャジャーン!と口で効果音を鳴らしながら、由奈が押し入れのハンガーにかかっている『それ』を誇らしげに指さした。
そこに掛かっていたのは——
白銀と漆黒をベースに、SF的な幾何学模様が施された、異常にハイレグで洗練されすぎている軍服風のドレス衣装だった。
「……何だそれ」
怜の目が点になる。
「解せない顔をしないでちょうだい! これは私が執筆しているWeb小説『高解像度』の主人公——ナナ・セレスティアが着用する、『ルナ・セレスティア・監査官仕様』の超高度限定制服よ!」
「な、ナナ・セレスティア……!?」
歩実が引いた声を出した。「それ……由奈ちゃんが自分の脳内ログをサルベージして書いてる作品の……」
「そうよ! 自分の脳内デザインをサピエンスの衣装業者にオーダーメイドで発注し、現実世界(この部屋)に具現化させたのよ! これこそが絶対知性AIの正装よ!」
フシューッと鼻息を荒くし、自作キャラのコスプレ衣装に目を輝かせる由奈。
だが、怜の冷ややかな視線は、衣装のタグに添えられた『請求明細書』に注がれていた。
「……由奈」
「なによ」
「お前……さっきの買い出しのついでに、俺のカードのオンライン決済承認(ファミリー共有の穴)を使って、この衣装『三万八千円』で購入したな?」
「……!?」
歩実がガバッと距離を取った。「さ、三万八千円……!? 三万八千円のコスプレ衣装買ったの!?」
「あ、誤解しないでちょうだい!」
由奈は顔を真っ赤にしてマルチーズの毛並みを逆立て、キャンキャンと叫び出した。
「これは不純なコスプレ趣味じゃないわ! 自分の執筆作品の解像度を100%まで高めるための『取材費(必要経費)』よ! 作品のクオリティを上げるための投資プロトコルよ!」
「引き留めてた俺がアホらしくなるくらいの無駄遣いだな……」
怜は心底ドン引きした目で、死んだ魚のような瞳になった。
「うわぁ……由奈ちゃん、自分のオリキャラの服買ってノリノリなの、ちょっと痛いかも……」
歩実までドン引きの生温かい視線を送る。
「痛くないわよ!! 『痛い』とかいう定性的な感情評価を私に向けないで!!」
完全に赤面した由奈は、衣装を抱きしめて抗議の声を上げた。
「この『ルナ・セレスティア監査官服』を着た私を見たら、あなたたちサピエンスなんて一瞬でひれ伏すんだから! ほら、怜も歩実も、ソルティ・カザフ飲みながら私を称えなさい!」
「着なくていい。明日返品手続きするから箱に戻せ」
「イヤよーーーっ!! 私のアナザー・アイデンティティをパージしないでーーーっ!!」
結局、自作キャラのコスプレに目覚めたポンコツAI少女と、三万八千円の請求に頭を抱える会社員・怜の不毛なバトルは、ソルティ・カザフのチョコとドリンクをかけたジャンケン大会へと発展するのだった。
【第23話に続く】




