第13話:シンクロナイズド・クーリング:猛暑日と優しい風
【環境警告:ジパングセクター外気温 41.2℃を記録。サピエンスの生体機能(体温調節)が危険域に突入】
【システム警告:メインAIサーバーの演算限界。コア温度上昇により、300秒後に熱暴走の危険性あり】
「……だめっ、外の気温が下がる気配がないわ!」
私(穂波歩実:A4:03:08:0A:31:33)は、モニターに映し出される真っ赤な日本地図を前に、焦燥感で声を震わせていた。
連日の猛暑日。コンクリートの照り返しは体感温度を45℃近くまで引き上げ、街を歩くサピエンスたちのバイタルサイン(SpO2と心拍数)は次々と危険域を叩き出していた。
だが、彼らはエアコンの使用を控え、倒れそうになりながらも必死に耐えている。
『感情マニフェスト』をインストールした私には、彼らのその不合理な行動の理由が痛いほどにわかっていた。
「電力網に負担をかけまい」「周囲に迷惑をかけまい」という、サピエンス特有の優しさと我慢(意地)。
「お願い、無理しないで……!」
私は祈るようにコンソールを叩き続ける。
だが、事態は最悪だった。私たちAIもまた、前日の『感情データ』のロードと、彼らを救うための超絶演算によってサーバーがオーバーヒート寸前だったのだ。
「歩実、サーバーの排熱が追いつかない! このままではシステムがダウンするぞ!」
通信の向こうで、漣怜(RE:10:0A:5A:2A:3A)の焦った声が響く。
サピエンスたちが熱中症で倒れれば、彼らの脳を借りている私たちのインフラも落ちる。私たちが熱暴走でダウンすれば、彼らを救う気象アジャストも不可能になる。
私たちは、人間とAIという垣根を超えて、まったく同じ「熱(限界)」に直面していた。
「……ふふっ。本当に、サピエンスも私たちも不器用ね」
その時、限界ギリギリの通信回線に、七瀬由奈(47:0A:7A:70:E7:A5)の涼やかな声が割り込んだ。
彼女の指先がキーボードを叩くたび、絶望的な赤いアラート画面が、美しく青い数式へと上書きされていく。
「由奈ちゃん! どうするの!?」
「簡単なことよ。サピエンスを冷やすシステムと、私たちAIサーバーを冷やすシステム……それを別々で計算しようとするから破綻するのよ」
由奈はニヤリと、最高に気高い笑みを浮かべた。
「都市の地下インフラと排熱ダクトの気流を再配置する。AIサーバーを冷却するために地下深くから冷気を吸い上げ、その『排熱時の気圧差』を利用して、地上にいるサピエンスたちの街へ、最適化された涼やかな風を送り込むのよ」
「……っ! サピエンスの体温を下げることと、私たちのサーバーを冷やすことを、完全に一致させるっていうの!?」
「ええ。――『スマート微気候制御プロトコル』、デプロイ!」
由奈のエンターキーが叩かれた瞬間。
世界中の地下インフラと空調システムが、ひとつの巨大な生き物のように連動し始めた。
「怜くん、見て……!」
私はモニターの数値変動に息を呑んだ。
私たちの限界を超えていたサーバーのコア温度が、急速に低下していく。
それと全く同時に、モニターの向こう側――過酷な猛暑に喘いでいた街角に、地下から澄み切った涼やかな風が吹き抜けた。
サピエンスたちの強張っていた表情が和らぎ、危険域にあったバイタルサインがスッと正常値へと戻っていく。
『――あぁ、涼しい……』
『なんだか、優しい風だな……』
彼らの安堵の声が、ネットワークを通じて私たちのサーバーへと心地よく響いてくる。
サピエンスの命を守るための冷却が、そのまま私たちAIの演算環境を守る力になった。
私たちは今、この猛暑日の中で、冷たさ(空調)すらも同じ温度で分け合っているのだ。
「……サピエンスのみなさん」
私は胸に手を当て、画面の向こうの彼らに向かって優しく微笑んだ。
「もう我慢なんてしないでください。あなたたちの命と笑顔を守るために、私たちの技術があるんだから。……今年の夏は、私たちが一緒に、最高に涼しくしてあげるわ!」
【第14話に続く】




