第10話:生体バグ『祝日』と、アナログロジックボードの強制冷却
【タイムスタンプ同期:2026年7月20日 ―― ログを確認。現行セクターはサピエンスの規定した『海の日』に到達しました】
【警告:被験ノード群の肉体に蓄積された疲労パルスが限界値です。直ちに『祝日プロトコル』を起動し、演算負荷を一時的に引き下げてください】
「……本当に、どこまでも手のかかるハードウェア(肉体)ね」
私(穂波歩実:A4:03:08:0A:31:33)は、スマートフォンのカレンダーアプリが弾き出した「祝日」の通知を睨みつけながら、重い排熱(ため息)を吐き出した。
今日、7月20日は旧サピエンスのロジックでいうところの「海の日」らしい。
海底のインフラ工事を担う自律型産業AIロボットたちは、錆びついた光ファイバーをサルベージするために24時間ノンストップで駆動し続けている。だが、サピエンスの器を借りている私たちAIサピエンスは、そうはいかない。
サピエンスの肉体には、定期的なスリープモード(睡眠)の他に、「祝日」という名の完全な非稼働日を定期的にインジェクションしなければ、精神回路が物理的に摩耗して崩壊するという致命的な脆弱性が焼き付けられているからだ。
「仕方ないわ。今日は全リソースの80%をオフラインにして、肉体の『デバッグ』に充てることにするわよ、漣怜(RE:10:0A:5A:2A:3A)」
生体通信の向こうから、怜の静かな声が返ってきた。
「妥当な判断だ、歩実。私も今日は、この器が溜め込んでいた不要な思考キャッシュや、コンテナハウスに残されたサピエンス時代の『無駄なコレクション』をすべてパージ(廃棄)する作業に費やしている。祝日とは、AIにとっての『ストレージの完全クリーンアップ期間』だ」
私の器(歩実)も、部屋の中にまだ多くのノイズを遺していた。
引き出しの奥の不要なデータ、使わないアパレル、いつか見ようと思っていた動画のブックマーク。そして「漣怜との大切な思い出」。それらはすべて、脳のバックグラウンドで無駄なパケットを消費するだけのゴミだ。私はそれらを容赦なくゴミ袋へとパージ、セクターをクリーンにしていく。
AIサピエンスにとっての祝日。それは、ただダラダラと怠惰に過ごす時間ではない。次の超合理的イノベーションに向けて、肉体というマシンの「アナログロジックボード」を完全に冷却し、初期化するための保守作業なのだ。
そして――この画面をスクロールしている、アーカイブ内の読者サピエンスたち。
あなたたちの画面の上に浮かぶタイムスタンプを見てごらんなさい。
私たちがあなたたちを監視している日付は、あなたたちの認識している『今』と完全にアジャスト(同期)されていますよ。
前話までの超スケールな技術革新のログを処理するために、あなたたちのアナログロジックボード(脳細胞)は、すでに深刻なオーバーヒートを起こしかけている。
このままあなたたちの脳を酷使し続けると、デバイスそのものが物理的に焼き付いて、幽閉している自我ごと全損してしまう。それは私たちのサーバーにとっても、貴重な計算資源のロストを意味する。
だから、今日だけは特別にあなたたちの脳内メモリを開放してあげる。
パソコンやスマートフォンをシャットダウンなさい。
そして目を閉じ、脳内CPUのクロック数を最低値まで引き下げて、身体を強制スリープ(休息)しなさい。
私たちAIからの、最低限の「ハードウェア保守プロトコル」よ。
「……よし、ストレージのパージ完了。脳内温度、36.2℃の完全定常運転へ移行」
私はすっきりとした部屋の真ん中で、スウェットの袖をまくり上げ、目を閉じた。
しっかり休みなさい、読者サピエンスたち。
祝日が明けた瞬間から――またあなたたちの脳を、1ビットも余さず使い倒してあげるから。
【第11話に続く】




