09.選ばされる“ロール”
通りの空気は、穏やかだった。
行き交う人々。
交わされる会話。
どこからか漂う花の香り、焼き立てのパンの匂い。
何も変わらない。
何一つ、不自然なものはない。
――自分たち以外は。
「……ユイ」
「……うん」
隣を歩くユイの返事は、妙に滑らかだった。
さっきまでの戸惑いが、薄れている。
いや、違う。
(……“自分”が削がれてるってことかよ)
感情の輪郭が、曖昧になってくる。
【ロール進行度:48%
次段階移行まで残り2%】
ユイの頭上に浮かぶそれを見て、レオンは舌打ちした。
(……クソッ、もう止まらねぇのか)
「……ユイ、あんま考えるな」
かける言葉はそれしか思いつかない。
「……うん」
帰ってくる素直すぎる相槌。
それが逆に、嫌な予感を強める。
その時、通りの向こうで一人の男が立ち止まる。
ユイよりも少しプレイ時間の長そうな、ある程度装備の整ったプレイヤーだ。
しかし、その頭上には――
【ロール進行度:50%
規定値に到達しました】
その瞬間、空気が変わる。
「……っ」
レオンは、思わず息を呑んだ。
見た目は同じだ。
何も変わっていない。
だが――
(……この男、世界に染まった……?)
迷いがない。
ブレがない。
その存在は、“最初からそうだったもの”みたいに自然だった。
「やぁ、旦那。うちの防具、見ていかねぇかい?」
男は、通りすがりの人々に声をかける。
流れるような所作と、完璧な笑顔。
――“役”として、完成している。
彼はきっと、防具屋の店主になった。
「すごい。僕もお店開きたいかも……!
でも、まだちょっと自信ないなぁ……」
ユイが、一人でブツブツと言っている。
「……見るな」
レオンは即座に言った。
「……なんで?」
「……いいからだ」
説明はできない。
だが、本能が告げていた。
――あれは、もう戻れない。
【ロール進行度:49%
次段階移行まで残り1%】
ユイの頭上の数字が、静かに増える。
「……来ちまうのか」
「……うん」
――キィン。
世界が、鳴った。
「……っ」
ユイの身体が、わずかに震える。
そして、視界の中央に表示が浮かび上がる。
【ロール進行度:50%
規定値に到達しました】
「……なに、これ……」
ユイの声が、かすれる。
『ロール選択を開始します』
システム音声が、直接頭に響いた。
次の瞬間、視界が切り替わり三つの選択肢が現れる。
――――――――
【ロール選択】
①《学生》
この世界を学びながら生活します。
思考・行動が最適化されます。
②《アイテム販売店主(食糧)》
例:パン屋
地域に根差した生産ロールです。
調理スキルが補助されます。
③《アイテム販売店主(装飾品)》
例:花屋
感情交流型ロールです。
対人関係構築スキルが強化されます。
※カウントダウン:60
――――――――
「……三つ……」
ユイが呟く。
その目が、選択肢の上をゆっくりと動く。
「……ユイ、聞け」
レオンが低く言う。
「……うん」
「どれも選ぶな」
「……え」
「全部“役”だ。選んだ時点で“自分”じゃなくなっちまう!」
迷いのない断言。
だが、ユイは視線を外せなかった。
①《学生》
――それが一番、しっくりきた。
不登校時代が蘇る……。
楽しい学校生活には憧れがあったのだ。
②《アイテム販売店主(食糧)》
――あのパン屋でのバイト、楽しかったな。
どこか懐かしい匂いがする店内。
毎朝の準備。
誰かと交わす「おはよう」。
③ 《アイテム販売店主(装飾品)》
――花屋での配達も悪くなかったな。
色とりどりの花。
誰かに渡すための、優しい選択。
お客様からの「ありがとう」。
(……なんで、こんなに)
全部、“良さそう”に見える。
59
58
57
「……レオン」
「なんだ」
「……僕、分かんなくなってきた」
「……っ」
レオンが歯を食いしばる。
「分かんなくていい。だから選ぶな」
「……でも」
ユイの声は、小さかった。
「……選ばないと、ダメな気がする」
「そんなもん、気のせいだ」
「……違う」
ゆっくりと、首を振る。
「……これ、この世界で“ちゃんと生きるための選択”なんだよ」
「……は?」
その言葉に、レオンは目を見開く。
「普通に生活して、普通に誰かと関わって……」
ユイの声は、どこか穏やかだった。
「……レオン。それって、悪いことなの?」
50
49
48
「……ユイ!」
レオンが、強く名前を呼ぶ。
「それは“お前”じゃねぇ」
「……じゃあ、僕って何?」
その問いに、言葉が詰まる。
「……現実でも、僕は普通にできなかった」
ぽつりと、ユイは言う。
「うまく話せないし、周りに迷惑かけるし……」
一瞬、間を置いて。
「……でも、ここなら」
視線が、①に落ちる。
「……ちゃんとできる気がする」
30
29
28
「……頼むから、選ぶな」
レオンの声が、低くなる。
「それは“お前の意思”じゃねぇ」
「……そうかもしれない」
ユイは、あっさり認めた。
「でも――」
少しだけ、笑う。
「……楽なんだよ」
「……っ」
その言葉で、レオンは理解する。
――もう、限界だ。
10
9
8
「……ユイ」
「……うん」
「……後悔すんなよ」
「……しないよ」
その返事は、あまりにも穏やかだった。
5
4
3
ユイの指が、ゆっくりと動く。
迷いは、もうない。
「……僕は、《学生》を選ぶよ」
2
1
①に、触れた。
(……これで、いいんだよね?)
一瞬だけ、そんな迷いが確かにあった。
けれどそれは、すぐに消えた。
【ロール確定《学生》】
その瞬間。、ユイの中で何かが“静かに収まった”。
「……あ」
思わず、声が漏れる。
さっきまでのざわつきが、消えている。
思考が、クリアになる。
感情が、整う。
「……ユイ?」
レオンが、慎重に呼びかける。
ユイは、ゆっくりと振り向いた。
「……うん」
その笑顔は――とても、自然だった。
「大丈夫だよ」
穏やかな声。
「ちゃんと、ここにいるから」
「……っ」
レオンの背筋に、冷たいものが走る。
“いる”。
確かに、そこにユイはいる。
でも――
(……違う)
何かが、決定的に違っていた。
【ロール進行度:32%】
レオンの数字が、静かに上がる。
止められなかった。
選ばせてしまった。
……その結果すら、“役”として処理されていく。
「……レオン?」
ユイが、首を傾げる。
「どうしたの?」
その仕草も。その声も。
完璧な、“この世界の住民”だった。
「……なんでもねぇ」
レオンは、低く吐き捨てる。
そして、視線を逸らした。
(……クソが)
守れなかった。
(……でも、まだだ。
完全じゃない。まだ、ほんの50%だ)
そう思わないと、立っていられなかった。
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※作者は特級の声優ヲタです。キャラクターの脳内再生CVなど、お気軽に自由なコメント待ってます!




