08.何をしても、それは“役”だ
床に散らばった料理を、ウェイトレスが手際よく片付けていた。
「お客様、お召し物等は大丈夫でしょうか〜?」
布巾をせっせと動かしながら、心配そうな表情でこちらを見る。
皿の破片を拾い、汚れを拭き取り、何事もなかったかのように整えていく。
その動きは、あまりにも滑らかで、あまりにも自然すぎていた。
「……」
レオンは、言葉を失う。
さっきまで怒鳴り声が響いていた。
料理が弾き飛ばされていた。
――それなのに。
周囲の客は、誰も気にしていない。
笑い声も、会話も、何一つ途切れない。
まるで自分たちの行動が、日常の一部であるかのように。
「お客様、お足元失礼いたしますね〜」
ウェイトレスが穏やかに言う。
その頭上には、変わらず表示されている。
【ロールプレイ適用中】
――そう振る舞うことが、正しい世界。
それが、ここ《ロールプレイ・ファンタジア》だった。
「……もう行くぞ」
レオンが低く言う。
「……でも」
「いいから来い」
レオンはお金をテーブルに叩きつけた。
もちろん、頼んだ料理には十分すぎる額だ。
強引にユイの手を引いて、席を立った。
【ロール進行度:43%】
何もしていないのに、数字は増えていく。
ただ、普通に会話して、普通に食べようとして――
こうして、ユイは世界に馴染んでいく。
◇
店を出た瞬間、空気が少しだけ冷たく感じた。
それだけで、ほんの少しだけ思考が戻る。
「……はぁ……」
レオンが大きく息を吐く。
「……クソ、なんなんだよこれ……」
「……」
ユイは、答えられない。
代わりに、自分の手を見る。
さっきまで、自然にスプーンを持っていた手。
自然に、「いただきます」と言った口。
(……あれ、本当に僕?)
じわりと、遅れて恐怖が滲む。
「……ユイ」
「なに……?」
「……さっきの、お前」
レオンは言葉を選ぶように、一瞬だけ黙る。
「……完全に、“あっち側”だった」
「……」
否定できなかった。
どこかで分かっている。
あの時、ユイは……違和感を感じていなかった。
「でも……、楽だったんだよね」
ぽつりと、ユイは言う。
「考えなくていいし……」
一瞬、言葉が途切れる。
「……ちゃんと、そこにいられる感じがした。
僕の居場所が、そこにあった」
「……は?」
「現実にいた頃より、自然に動けて……」
言葉が、すらすら出てくる。
それ自体が、もうおかしいのに。
「……そっちの方が、“正しい”気がしてくる」
その瞬間――
【ロール進行度:44%】
数字が、また上がる。
「……もう喋るな」
レオンが即座に言う。
「余計なこと考えるな。感じるな。合わせるな」
「……そんなの無理だよ」
「無理でもやれ!」
強い口調。
だが、その手はわずかに震えていた。
「……俺が止める。止めてやる」
「……え?」
「お前がシステムに侵されそうなら、俺が止めてやるって言ったんだ」
迷いのない真っ直ぐな視線をユイに向ける。
そして、ユイの手を握った。
しかしその瞬間、レオンの視界にも変化が起こる。
【ロール進行度:1%】
「……は?」
レオンの表情が固まる。
「……レオン?」
「……出た」
低い声。
「……俺も、“進行度”に入った」
ユイの背筋が凍る。
「なんで……?」
「それは、分からねぇけど――」
レオンは、自分の手を見つめる。
ユイを掴んでいる、その手を。
「……きっと、お前を守ろうとしたからだ」
「……え」
「俺は、お前を“守る役”になった」
吐き捨てるように言う。
「……ふざけんなよ」
この世界は、“優しさ”や“自由”すら利用してくる。
「……」
「……」
二人の間に、沈黙が落ちる。
逃げ場がないことは、もう理解した。
何をしても進む。
何もしなくても進む。
なら――
(……俺たちはどうすりゃいいんだよ)
その時だった。
――キィン。
ユイの耳の奥で、甲高い音が鳴った。
「……っ?」
ユイは思わず耳を押さえる。
「……な、なに今の」
次の瞬間。
ユイの視界の中央に、これまでとは違う表示が現れる。
ゆっくりと。はっきりと。
逃げ場を塞ぐように。
【ロール進行度:45%
次段階移行まで残り5%】
「……は? なんだよ、その“次段階”っての」
レオンが、低く呟く。
「……なに、これ……」
ユイの声が震える。
今までと違う。
これは、“ただの表示”じゃない。
50%に到達するという事が、何か重要な意味を持っているのかもしれない。
「……ユイのそれ、カウントダウンじゃねぇのか……?」
嫌な予感がした。
二人の不安とは裏腹に、路上ではロールプレイをこなすプレイヤーの楽しそうな、穏やかな声。
それは、この世界の“普通”だった。
その中で、自分たちだけが、まだ“普通”になりきれていない。
しかし、“普通”になる事は、二人にとって終わりを意味していた。
【ロール進行度:46%
次段階移行まで残り4%】
数字が、静かに増えた。
「……ユイ」
「……うん」
二人は、同時に理解していた。
――50%に到達した時、何かが起きる。
それはきっと、取り返しのつかない事だ。
だから、その前に――
「……止めるぞ」
「……うん」
何をどうすればいいかも分からないまま。
二人は、再び歩き出した。
“自分”でいられる、最後の余白の中を。
◇
二人は現状を打破するヒントを探るべく、歩いていた。
そして、人通りの少ない通りに差し掛かった、その時だった。
「――おっと」
前方で、小さくよろめく影。
杖をついた老人が、石畳に足を取られて体勢を崩した。
よろけた体が、ユイめがけて倒れかかってくる。
「……っ」
レオンの身体は、ユイが反応するよりも早く動いていた。
そして、ガシッと倒れかけた老人の肩を支える。
「……大丈夫か、じいさん」
低く、抑えた声。
「すまんのう……助かったよ。王族の若い者よ」
老人は何度も頭を下げる。
その頭上には――
【ロールプレイ適用中】
見慣れた表示。
ただの、ありふれた出来事。
誰にでもある、親切な一瞬。
「……レオン?」
しかし、ユイはその違和感に気づく。
レオンの手が、まだ老人の肩に添えられたままだった。
必要以上に、丁寧に。
離れるタイミングを、探すように。
「……ああ」
返事はある。
だが、どこか遅れている。
そして、その頭上には――
【ロール進行度:6%】
「……レオン。進行度、見て」
レオンの目が、わずかに見開かれる。
「……なん……だよ」
さらに。
【ロール進行度:9%】
「……おい、待ってくれ」
数字が、静かに上がっていく。
派手さもなく。止まることもなく。
「……どうしたんだい?」
老人が不思議そうに顔を覗き込む。
「あ、いや……なんでもない」
レオンは、ぎこちなく老人から手を離した。
離した、はずなのに。
(……民が無事でよかった)
そんな感想が、どこかに残る。
「……っ」
思わず、自分の手を見る。
今の行動は、“普通”だったはずだ。
困っている人を助ける。
ただ、それだけのこと。
なのに。
【ロール進行度:11%】
「……ふざけんなよ」
低く、吐き捨てる。
「……レオン?」
ユイが、不安そうに名前を呼ぶ。
その声に、わずかに意識が引き戻される。
「……俺、今――」
言いかけて、止まる。
言葉にすると、確定してしまいそうで。
だが。
「……増えちまった」
レオンは短く言う。
「……え?」
「進行度だよ。……一気に、増えちまったみてぇだ」
視界の数字が、じわじわと存在感を増している。
「……なんで、レオンまで……?」
ユイの声は、純粋な疑問だった。
その問いに、レオンは答えられなかった。
――いや。
答えは、もう分かっていた。
「……守ったからだろ」
吐き出すように言う。
「……え」
「民の象徴たる王族の若者が、街で転びそうな老人を助ける。
通行人を危険から遠ざける」
一つ、一つ言葉にするたびに。
胸の奥が、ざらつく。
「……それが、“役”として正しい行動だった」
【ロール進行度:16%】
「……っ」
ユイの顔が強張り、言葉を失っている。
「……そんなの、現実なら当たり前のことだろ」
でも、ここでは違うらしく、苛立ちが滲む。
(……勝手に決めんなよ。
……俺が何するかなんて、俺が決めることだろ)
そう思いながら、ほんの一瞬だけ。
“別の感情”が流れ込む。
守るべき民を優先しろ。
最適な位置を取れ。
次回の国王選挙の事だけを――
「……黙れっ」
思考じゃない。
命令でもない。
ただ、“そうあるべき”という感覚。
【ロール進行度:20%】
「……やめろ」
小さく、呟く。
「……レオン、大丈夫?」
ユイが、そっと声をかける
その声は、柔らかい。
しかし、さっきよりも少しだけ。
この世界に馴染んでいるように聞こえた。
「……ああ」
短く答える。
だが、その視線はユイから逸らされたままだった。
「……ユイ」
「なに?」
「……あんまり、俺から離れるな」
「……え?」
「……いや」
一瞬、言葉を選ぶ。
「……その方が、都合がいい」
言ってから、違和感に気づく。
(……都合?)
誰の。何の。
それが、自分の言葉に思えなかった。
【ロール進行度:27%】
「……クソが……」
レオンは、吐き捨てるように呟く。
抗うほどに、形が固まっていく。
民を“守る者”としての輪郭が。
その隣で。
【ロール進行度:47%
次段階移行まで残り3%】
ユイの数字も、静かに進んでいた。
言葉もなく。抵抗もなく。ただ、自然に。
――二人とも、別の形で侵されていく。
「……ユイ、俺のことは気にするな。
お前は俺が、必ず守る」
「……うん」
ユイは頷く。
その仕草は、まだ“自分”のものだと信じたかった。
しかし、迷いなく頷いた自分に、少し遅れて違和感が追いついた。
【ロール進行度:48%
次段階移行まで残り3%】
【ロール進行度:30%】
二人の数字が、静かに迫る。
ユイに残された時間は、あと少し。
何が起きるのかは、分からない。
けれど、それが“戻れない何か”だということだけは、二人とも理解していた。
「……守ってもらうって、なんか……いいよね」
ふと、ユイがそう言った。
しかし、レオンは何も答えられなかった。
その言葉が、“どちら”のユイが言ったのか、分からなかったからだ。
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※作者は特級の声優ヲタです。キャラクターの脳内再生CVなど、お気軽に自由なコメント待ってます!




