07.普通にするほど、侵されていく
中央広場から程遠い街はずれにある、小さなレストラン。
木製の看板には、手書き風の文字で「本日のおすすめ」と書かれていた。
温かみのある外観。
中からは活気のある声が漏れている。
――どこにでもある、普通の店。
「……ここでいいか?」
レオンが言う。
「……うん」
ユイは頷く。
入らないという選択肢は、なかった。
空腹は現実と同じように襲ってくるし、体の感覚も消えてはくれない。
生きるためには、食べるしかない。
そしてそれは――この世界では、“役を演じる”ことと同義だった。
◇
「いらっしゃいませ〜」
扉を開けると、ウェイトレスたちの明るい声が響く。
店内には数人の客。
誰もが自然に食事をし、会話をしている。
その中に、“違和感”はない。
――いや、違和感がないことが、違和感だ。
二人はそう思った。
「二名様ですね〜、こちらへどうぞ」
案内してきたウェイトレスの頭上には、やはり表示があった。
【ロールプレイ適用中】
もう、驚きはしない。
それが普通になりつつある自分に、少しぞっとしただけだ。
席に案内され、向かい合って座る。
木のテーブル。水の入ったコップ。質素なメニュー表。
全部が“それっぽい”。
中世ヨーロッパ風の世界観に溶け込んでいる。
「……注文、どうする」
レオンが低く言う。
「……分かんない」
ユイはメニュー表を開く。
エスゴーニョのソテー。
ポロメスチーニ。
クネパルボのサラダ。
たくさんの料理名が並んでいる。
どれも現実では見たことも聞いたこともない。
初めて見るはずなのに――
「……これ、美味しそう」
自然に言葉が出た。
「……何で分かるんだよ」
「……分かんない。でも……」
写真と料理名を見ただけで、味が想像できる。
香りまで思い浮かぶような錯覚。
「……国民食でしょ? ポロメスチーニって」
その瞬間、視界の端で数字が跳ねた。
【ロール進行度:29%】
(……また、上がった)
しかも、一気に。
「……ユイ」
レオンが睨む。
「……今、増えただろ」
「……うん」
声が震える。
「でも、メニューを見ただけ……」
「……この世界における、普通の客っぽい思考をしたからだろ」
「……」
否定できなかった。
その時――
「ご注文はお決まりですか〜?」
ウェイトレスが来る。
柔らかな笑顔。完璧なタイミング。
「……」
ユイは、一瞬だけ口を閉じる。
何も言わなければいい。
ロールをしなければ、進まないかもしれない。
そう考えたからだ。
――でも。
「……本日のおすすめって、どれですか?」
気づけば、そう聞いていた。
(……あれ?)
自分で言ったのに、少し遅れて気づく。
それは“自然な客の行動”だった。
「はい! 本日はこちらのエスゴーニョのソテーがおすすめでして――」
店員が嬉しそうに説明する。
ユイには、その言葉がスッと頭に入ってくる。
理解してしまう。
納得してしまう。
「じゃあ、それでお願いします!」
ユイは元気にそう注文をした。
【ロール進行度:34%】
「……っ!!」
思わずテーブルを掴む。
指先に力が入る。
(ダメだ……、もう止まらない)
数字は、確実に積み上がっていく。
「……ユイ、もう話すのやめろ」
レオンが低く言う。
「でも、注文しないと」
「……それが罠なんだろ」
分かっている。でも、身体は正直だった。
空腹が、思考を削っていく。
「……お前」
レオンの声が、少しだけ荒くなる。
「……俺はいい。食わなくても、まだ耐えられる」
「……え?」
「でも、お前は違うだろ」
鋭い視線。
「今ので一気に上がった。
これ以上やったら……」
レオンは言葉を飲み込む。
でも、言わなくても分かる。
――戻れなくなる。
「……でも」
ユイは、俯く。
怖い。でも、それ以上に。
「……普通に、したい」
「……は?」
「普通にご飯食べて、普通に会話して……」
自分でも驚く言葉だった。
「それの、何が悪いの? レオンさん」
――“レオンさん”。
その響きに、自分で違和感を覚える。
そして、その口調も柔らかく、落ち着いていた。
――まるで、“この世界の住人”みたいな声だった。
「……っ」
「……ユイ」
レオンが、低く名前を呼ぶ。
「……今の、お前……」
言いかけて、止まる。
そして、歯を食いしばる。
「……クソッ……!」
拳を握る。
「俺だってどうしたらいいか分かんねぇ……!
でも——」
レオンは顔を上げる。
そして、真っ直ぐにユイを見る。
「お前が消えるのだけは、絶対にダメだ……!」
「……」
その言葉に、胸が揺れる。
――揺れたはずなのに。
(……あれ?)
少しだけ、距離を感じた。
その感情が、どこか遠かった。
しばらくすると、ウェイトレスがソテーを運んできた。
「お待たせしました〜」
温かい湯気。香ばしい匂い。
それだけで、身体が反応する。
本来それは、得体の知れない肉や野菜。
しかし――
食べたい。
その欲求に駆られていた。
そして、ユイはスプーンを手に取る。
「……やめろ」
レオンが言う。
「……」
一瞬、止まる。
でも――
「……いただきます」
自然に、そう言っていた。
スプーンを口に運ぶと、初めての味が広がる。
「……美味しい」
その言葉も、自然に出た。
そして。
【ロール進行度:37%】
「……あ」
小さく、声が漏れる。
でも、それ以上の何も感じなかった。
怖いはずなのに。
焦るはずなのに。
ただ、“美味しい”という感覚だけが残る。
「……ユイ」
レオンの声が遠い。
何か言っている。
でも、よく聞こえない。
でもそんなの気にならなかった。
ユイがスプーンでもう一度すくうと――
ガンッ!!
「……っ!!」
激しい音が響いた。
「……え?」
皿が、テーブルから弾き飛ばされていた。
料理が床に散らばる。
「食うなって言ってんだろ!!
……頼むから、やめてくれ……」
レオンが、息を荒げていた。
「……なんで……」
ユイは呆然とする。
「せっかく、作ってくれたのに……」
その言葉に、自分で違和感を覚える。
(……誰に、気を遣ってるの?)
その時。
【ロール進行度:40%】
「……は?」
ユイの数字が、また上がった。
何も食べていないのに。
あり得ない振る舞いをしたのに。
「……なんで」
レオンは理解できない。
食べても、上がる。
食べなくても、上がる。
――逃げ場が、ない。
「……」
沈黙が落ちる。
周囲は、変わらず賑やかだった。
笑い声。食器の音。
普通の食事風景。
その中で、自分たちだけが異物だった。
まるで、誰も気にしないカップルの痴話喧嘩みたいに。
“そういう場面だから”と決められているみたいに。
無情にも、ユイのロール進行度は増えていく。
「ねえ、レオン」
「……なんだよ」
「なんで、そんなに怖がってるの?」
「……は?」
その問いは、あまりにも自然だった。
まるで――“怖がる理由が分からない人間”の声だった。
「……ユイ、お前……」
言葉が続かない。
目の前にいるのは、確かにユイなのに。
少しずつ、確実に。
知らない誰かになっていく。
【ロール進行度:42%】
数字だけが、静かに増えていった。
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