06.少しずつ、役に染まっていく
二人は中央広場へ向かって歩いていた。
「……ねえ、レオン」
言葉を選びながら、視線を宙に漂わせる。
「……なんだ」
「さっきの……あれ」
ユイは、視界の端に意識を向ける。
――消えない。
【ロールプレイ準備中】
「……まだ、出てる」
「……やっぱりか」
レオンの声が低くなる。
「準備中って、何の……」
「……知らねぇよ」
短く返すレオンの声も、わずかに固い。
意味はわからない。
でも、“良くないもの”だという直感だけはあった。
◇
広場に出ると、すぐに声をかけられた。
「兄ちゃんたち、おはようさん!」
この人、確か昨日も広場にいた――プレイヤーだ。
「今日はいい天気だね。二人でお出かけかい?」
にこやかな笑顔。自然すぎる声。
なんというか、洋画の吹き替えみたいに完璧だった。
まるで、最初からそういう人物だったかのように。
「……」
ユイは言葉を失う。
頭上には、はっきりと表示されていた。
【ロールプレイ適用中】
「……あの」
思わず声をかける。
「なんだい?」
「昨日のこと……覚えてますか?」
「……昨日?」
少しだけ首を傾げる。
そして、穏やかに笑った。
「ああ、覚えてるぜ。
俺は、昨日はずっと店の準備をしていたんだ。
後で寄ってくれよ? “タケゾウのカフェ”にな!」
「……」
ログアウトできなくなった事、完全に“なかったこと”にされている。
いや――
(……上書きされてる?)
「しゃ、俺はこの辺で失礼するぜぇ〜」
軽く会釈をして、その人は去っていく。
完璧に、“この世界の住人”として。
「……見たか」
「……うん」
喉が、乾く。
「完全に……役になりきってるみたいだね」
「……ああ」
その時だった。
ふと、別の気配に気づく。
「ねぇ、そこのイケメンお二人さん」
「……え?」
振り向くと、小さな駄菓子屋の前に女性プレイヤーが立っていた。
「よろしければ、キャンディをお一ついかがですか?」
柔らかな声。
自然と、口が開く。
「……えっと、このお店のおすすめは――」
ユイが言いかけた、その瞬間。
視界が、わずかに揺れた。
【ロールプレイ準備中】
の文字がフッと消え、違う文字が現れる。
【ロール進行度:2%】
「……え?」
思わず言葉が止まる。
「どうかなさいましたか?」
「あ、いや……」
慌てて言葉を繋ぐ。
「えっと……このお菓子、美味しそうですね」
気づけば、自然にそう言っていた。
カラフルな色合い、バランスよくまぶされた砂糖。
現実では見たことがないが、なぜか魅力的に映った。
――全部、スッと頭に入ってくる。
「このキャンディ、一つくださいな〜」
(……あれ? 僕、そんな言い方したことないのに)
さっきから、自分の声の調子が少しだけ変だ。
抑揚が、どこか“作られている”ような——
「ありがとうございま〜す。
当店一番の売れ筋商品なんですよ!」
女性が微笑む。
その返答が、あまりにも“自然”で――
「……ユイ」
低い声。
振り向くと、レオンがこちらを見ていた。
「……何パーセントだ」
「……え?」
「それ」
視線が、ユイの頭上の一点を指す。
「……見えてるの?」
「ああ、今、数値が上がってたぞ」
ユイは、自分の表示を見る。
【ロール進行度:12%】
「……今のやり取りで、増えたってこと……?」
声が、震える。
「……おそらくな」
レオンが言う。
「駄菓子屋と客の自然なやりとり。
俺にはそう見えた」
「……」
現実でのことを思い出す。
“ちゃんと話そう”としたこと。
“迷惑かけないように”と気を張ったこと。
「……それが、ダメなのかもしれねぇ」
「……っ」
胸が締め付けられる。
その時――
「お客さん?」
駄菓子屋の女性の声。
「あ……すみません。
一緒に来てる友達が急に話しかけてきたから」
反射的に頭を下げる。
その動きが、あまりにも自然で。
(……あれ?)
違和感が走る。
今の動き……、考えるより先に身体が動いた。
「……ユイ、もう行くぞ」
「あ、うん」
レオンに手を引かれて、その場を離れた。
◇
人の少ない方向へしばらく歩いた。
レオンと手を離し、並んでスタスタと歩いている。
ユイの足取りは、少し軽い。
まるで“この街に慣れている人間”みたいだ。
「……やっぱり、増えてるよ」
【ロール進行度:13%】
「……何もしてないのに」
ただ、歩いていただけだ。
それなのに――
「……いや、してるのかもしれねぇ」
レオンが言う。
「俺ら、この世界の一般町民っぽく歩いてるんじゃねぇのか?」
「……え」
「今の俺たち……」
少しだけ間を置いて。
「周りから見たら、完全にただの通行人だぞ」
「……」
言葉が出ない。
「そんなの、どうやったって無理じゃんか!」
「クソッ、俺だってどうしたらいいか分かんねぇ……!
ユイが……、侵されちまう……」
(こんなゲーム、どうなったっていい。
だが、ユイだけは、俺が助けなきゃダメだ)
この世界で生きているだけで、“詰んでいる”。
レオンはそう感じていた。
「……このままだと」
レオンが言いかけた、その時。
「……また」
ユイが呟く。
【ロール進行度:14%】
(戻らないよ……)
一度増えた数字が、下がる気配はなかった。
息が詰まる。
「……お前、やばいぞ」
「……うん」
否定できずにいた、その時だった。
「……なあ、ユイ」
レオンの声が変わる。
「……え?」
「……俺の視界にも……、見える」
レオンは、自分の視界を睨みつけていた。
そして――
【ロールプレイ準備中】
頭上にも、遂に……その文字が現れた。
レオンの顔に、明確な動揺が浮かぶ。
「……レオンにも、出てきちゃったの……?」
「……みたいだな」
ユイから少し遅れて。
それでも、確実に。
「……俺も、始まったのか」
レオンは低く、呟く。
もう、二人に逃げ場はなかった。
◇
しばらく二人で呆然と立ち尽くしていると――
ぐぅぅぅ……。
レオンのお腹がなった。
「ダメだ……、腹減った……。
胃袋ゲージ、空っぽだ」
「僕もお腹空いたかも……。
どこかで何か食べるしかないよね……」
しかし、空腹などお構いなしに、視界の端で数字がまた増える。
【ロール進行度:17%】
ユイは、それを見つめたまま、動けなかった。
(……このままじゃ)
何かを失う。ゆっくりと、確実に。
“自分”が、削られていく。
「……ユイ」
レオンの声。
「レストラン、行くぞ」
「……うん」
頷くしかない。
怖いけど、止まれない。
止まったら――こっちの世界でも、何もせずに“自分”を失ってしまう。
だから、ユイは一歩を踏み出した。
まだ、“自分”であるうちに。
そう思って踏み出した一歩が、本当に“自分の意思”なのかは、もう分からなかった。
——それでも、足は止まらない。
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※作者は特級の声優ヲタです。キャラクターの脳内再生CVなど、お気軽に自由なコメント待ってます!




