05.二人で過ごす異世界の夜
初めての《ロールプレイ・ファンタジア》の夜は、騒々しかった。
ユイやレオンと同様に、ログアウトできない事に気づくプレイヤーもいたのだ。
「ログアウトできねぇんだって!」
「運営に問い合わせは!?」
「これバグだろ!?なあ!」
路上にいる一部のプレイヤーは落ち着かない様子で、同じ話を繰り返している。
焦り、苛立ち、不安。
叫び方も、言葉の選び方も――どこか“似すぎている”。
ユイは、レオンの少し後ろを歩きながら、無意識に距離を詰めていた。
「……泊まれる場所、あるかな」
「あるだろ。ゲームなんだし」
そう言いながらも、レオンの声はどこか固い。
「……ほら、あれじゃねぇか?」
「……あ、あれって、もしかして宿屋?」
広場から少し離れた位置に、一軒の宿があった。
最近開業したのか、外観はとても綺麗だ。
しかし、中に入ると、すぐに気づく。
……人が、多い。
ロビーにはプレイヤーが溢れていた。
当然、ここでもバグの話で持ちきり。
阿鼻叫喚の光景だった。
ユイは胸の奥がざわつくのを感じた。
「……二人、泊まれるか?」
レオンがカウンターに声をかける。
受付の男は……NPCではなく、プレイヤーだった。
「申し訳ございません。
二人部屋は満室でして、一人部屋なら空きがございます。
……ただ、今は最後の一部屋を懸けてプレイヤー間でオークションをしている最中でございます。へへ」
受付の男は、悪い笑顔を見せている。
「……オークション?
なら、こいつでどうだ?」
ドンッ。
レオンは札束をカウンターに乗せた。
「えぇ、もちろんです。旦那。
ベッドは一つですが、ごゆっくりとお寛ぎください」
ロビーのプレイヤーは、その様子に気がつき、さらなる阿鼻叫喚の地獄と化していた。
ユイの思考が、一瞬止まる。
「ちょっとレオン!?」
「……じゃあ、外で寝るか?」
「……それは、嫌だけど……」
街中やロビーの騒ぎを思い出す。
部屋に入る方が、マシなのは確かだ。
「……」
ユイは黙ってレオンについて行った。
◇
部屋は、思ったより狭かった。
ベッドは一つ。シャワーは無い。
そして、窓の外には、混沌に染まった街。
「……」
「……」
気まずい沈黙が落ちる。
しかし、これは今までとは違う沈黙だった。
……逃げ場がない。
「……これから、どうするんだ」
レオンがぶっきらぼうに言う。
「どうするって……この部屋、シャワーもないし、寝るしかないよ」
「そういう“どうする”じゃねぇんだけど……。
まあ、寝るのも一つの正解だな」
「……うん」
それ以上、会話は続かない。
ユイはベッドの端に腰を下ろした。
マットレスが沈む感覚が、やけにリアルだった。
(現実のベッドみたい……)
ユイはその感覚に安心感を覚え、とっぷりと布団に入った。
「……電気、消すぞ」
「う、うん」
部屋が暗くなる。
窓から差し込むわずかな街灯の明かりだけが、二人の輪郭を浮かび上がらせる。
レオンも同じ布団に入ってきた。
当然のように、距離が近い。
腕が触れそうで、触れない。
二人の呼吸の気配が、すぐ隣にある。
(……近い)
意識すると、余計に眠れなくなる。
さっきまでの不安とは別の意味で、心臓がうるさい。
「……なあ」
レオンの声が、静かに響く。
「……なに?」
「……大丈夫か」
一瞬、言葉に詰まる。
何が“大丈夫”なのか、わからない。
ログアウトできないことか。
この状況か。
それとも——
「……分かんない」
正直に答えた。
「分かんないけど、怖い……」
ぽつりと漏れる。
自分でも驚くくらい、素直な言葉だった。
少しの間を置き、レオンが小さく息を吐く。
「……そりゃそうだろ」
その声は、妙に優しかった。
次の瞬間、布がわずかに動く。
そして、腕が触れる。
「……っ」
「……嫌なら、離れるぞ」
「……」
一瞬、迷う。
でも――
「……そのままで、いい」
ユイの方からも、少しだけ距離を詰めた。
レオンの身体に触れる。
……温かい。
(……これも、対人補正?)
頭の片隅で疑問が浮かぶ。
怖さが、少しだけ薄れた。
それが事実だった。
◇
どれくらい時間が経ったのか、わからない。
眠れたのかどうかも曖昧なまま、ユイは目を開けた。
朝だった。
カーテンのついていない窓から、光が差し込んでいる。
「……」
隣を見ると、レオンはまだ寝ていた。
その寝顔に、ユイは少しだけ安心する。
(……よかった)
昨日と同じ人だ。変わっていない。
こんな当たり前の事ですら安心感を覚える。
「……レオン、起きて」
「……ん」
目を覚ましたレオンが、ゆっくりと上体を起こす。
「朝か……」
「うん」
少しの沈黙。
それから、同時に思い出す。
「「……ログアウト……!」」
二人はすぐにメニューを開き、タップする。
……しかし、反応はない。
「……クソ」
レオンが小さく舌打ちする。
「……やっぱり、ダメだね」
分かっていたことなのに、胸が沈む。
「……とりあえず、ロビーに行くか」
「うん」
◇
ロビーに降りる。
そして、ユイは足を止めた。
「……あ」
昨日、見た顔。
大声を上げていたプレイヤーの一人だ。
間違いない。同じ服に、同じ顔。
でも——
「おはようございます」
その人は、穏やかに微笑んだ。
昨日の事など無かったかのように、普通に会話をしている。
「今日はいい天気ですね」
不自然に自然な口調。
落ち着いた表情。
昨日の面影は、どこにもない。
「……」
ユイは、思わず近づく。
「……あの」
「はい?」
そして、そのプレイヤーの頭上に現れたのは――
【ロールプレイ適用中】
またも、その文字が浮かんでいる。
この人も、“役”になりきっちゃったの……?
「昨日……その、大丈夫でしたか?」
「……昨日?」
きょとんとした顔。
「すみません。何かありましたか?」
「……っ」
言葉が詰まる。
その目は、本気でわからないと言っている。
演技なんかじゃない。
「……いや、なんでもないです」
「そうですか。では」
軽く会釈をして、その人は去っていく。
完璧に“この世界の住人”として。
「ユイ、とにかく出るぞ」
「あ、待ってよレオン」
レオンが宿屋から出ると、昨日と同じ受付の男が――
「またお越しくださいませ」
と言い、深々と頭を下げている。
“型にはまっている”ような不気味さを感じた。
ユイも遅れて宿屋から出ると、同じ声色で――
「またお越しくださいませ」
と聞こえた。
◇
宿屋を出て、中央広場へ向かうレオンを追いかける。
「待ってよ」
その声で、レオンは足を止めた。
「……なあ、ユイ」
レオンの声。
「今の、なんだよ」
「……変、だよね。
……あのお客さん、昨日、あんなに騒いでたのに。
それに、受付の人も……おかしかった」
「……ああ」
短い肯定。
「……記憶が飛んでるのか、それとも——」
レオンの言葉が、重く落ちる。
その瞬間、視界の端に文字が浮かぶ。
【ロールプレイ準備中】
「……っ」
息が詰まる。
“ロールプレイ”。
つまり——
「……ねえ、レオン」
「なんだ」
「これ……時間が経つほど……」
「ああ」
言葉を遮るように、レオンが言う。
「この世界の住人として馴染んでいくんだろうな」
ぞくりと、背筋が冷える。
(……じゃあ、僕たちも、いずれ、あの人みたいに)
何も疑問に思わず。
自然に、役を演じて。
――“それが自分だ”と信じてしまうのか。
「……」
ユイは、無意識にレオンの袖を掴んでいた。
「……おい」
「ごめん……」
「……いや」
振り払われなかった。
それだけで、少し救われる。
「……このままだと、俺らもああなる」
レオンが言う。
「……うん」
小さく頷く。
怖いけど、昨日とは違う。
「“自分”が消えちゃう前にね……」
自分の言葉に、自分で息を呑む。
「……ああ」
レオンも、静かに頷いた。
この世界は、少しずつ人を塗り替えていく。
気づかないまま、自然な形で。
だから、“自分”が消えてしまう前に……。
“自分”である証を、掴まなければならない。
誰かに決められる前に――
そう思いながら、ユイは一歩を踏み出した。
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※作者は特級の声優ヲタです。キャラクターの脳内再生CVなど、お気軽に自由なコメント待ってます!




