03.“選ばされた優しさ”と“選びたい気持ち”
今日もレオンは視界に浮かぶ文字を睨んでいた。
『ログインしますか?』
昨日のことが、頭から離れない。
ユイの言葉。
あの妙に自然な会話。
そして――
【対人補正】
あの表示。
「……くだらねぇ」
小さく吐き捨てる。
ただのゲームの機能だ。
そういう“便利機能”があっても、おかしくはない。
なのに――
(……なんで、あんなに引っかかる)
指先が止まる。
ログインする必要はない。
他にいくらでもゲームはある。
わざわざ、あんな違和感のある場所に行く理由なんて――
「……ユイ」
ふと、思い出す。
『また会えたらいいね』
ユイのあの言い方。
期待でも、強制でもなく。
ただ、“可能性”として置かれた言葉。
「……チッ」
舌打ちして、ログインの文字に触れた。
そして、視界が白に溶けた。
◇
視界が開けると、中央広場に立っていた。
そう、昨日ログアウトした場所だ。
人の流れは変わっているのに、空気はいつもの感じ。
この世界がレオンの居場所になりつつあった。
「……」
レオンは歩き出す。
(……いるわけねぇか)
気づけば、視線は人混みをなぞっていた。
そして――
「あ……」
見つけた。
周囲より少しだけ低い背。
まだ慣れていない歩き方。
ユイだ。
(……何やってんだ、俺。
まるで探していたみたいじゃないか)
自分で呆れた。
ただ、視界に入っただけだ。
そう思おうとした。
……なのに、足は止まらなかった。
「……また会えたな」
声をかける。
その瞬間――
(……“会えた”じゃねぇだろ)
自分で違和感を覚える。
(まるでユイのことを探してたみたいな言い方じゃねぇか)
訂正しようと思えば、できた。
――けど、しなかった。
「あ、レオン」
ユイが振り返る。
少しだけ驚いて、それから、すぐに笑う。
「ほんとだ。また会えたね」
その言い方は、整いすぎている感じがした。
でも、作ってもいない感じ。
「……ああ」
短く返す。
「今日は、何してたんだ?」
「えっとね、さっきまでパン屋さんでお手伝いしてた」
「……パン屋?」
「うん。お店の人に頼まれて、ちょっとだけね」
そう言って、ユイは少しだけ照れたように笑う。
「まだうまくできないけど……、楽しいよ」
「……そうか」
レオンは頷く。
そして思う。
(……こいつ、本当に“ロールプレイ”してるんだな)
ただ遊ぶんじゃなくて、その役として存在しようとしている。
昨日聞いた話と、繋がる。
(……これが練習か)
「ねぇ、レオンは?」
「……別に。テキトーに歩いてただけだ」
嘘ではない。
でも、本当でもない。
「そっか」
ユイは、それ以上聞かなかった。
――でも、その距離感が妙に心地いい。
「……なあ」
「うん?」
「その、パン屋っての……」
言いかけて、止まる。
(……なんで俺が、そんなこと聞く必要ある)
関係ないし、興味もない。
――はずなのに。
「……見に行ってもいいのか」
自分の口が、そう言っていた。
なんで……そんなことを。
と、自分で驚く。
「うん、いいよ」
ユイはすぐに頷く。
「ちょうど、これから戻るところだったし」
その答えが、あまりにも自然で。
やはり、逃げ場がなかった。
◇
パン屋は、中央広場から少し外れた場所にあった。
木造の、小さな店。
中からは、焼きたてのいい香りがする。
「おかえり、ユイ」
店の奥から、NPCらしき女性が声をかける。
「はい、今戻りました」
ユイは少しだけ姿勢を正して、真面目に答えている。
その様子を見て、レオンは気づく。
(……コイツ、ちゃんと“役”に入ってる)
さっきまでとは違う声色。
違う立ち方。
“ユイ”じゃなくて、“パン屋の手伝い”としてそこにいる。
「そちらの方は?」
「あ、えっと……僕の知り合いで……」
少しだけ迷ってから、ユイが言う。
その一瞬の“間”が、妙にリアルだった。
「俺はレオンだ」
短く名乗る。
「……少し、見学してもいいか」
「ええ、もちろんよ」
NPCは微笑んだ。
それは、決められた反応のはずなのに。
なぜか、ちゃんと“歓迎されている”気がした。
◇
しばらくユイの様子を見ていた。
今は店の中で、NPCを相手にパンを売っている。
少しぎこちない手つき。
でも、丁寧だ。
「……ユイ。お前、こういうの向いてるんじゃねぇか?」
「え?」
「接客とかさ」
言ってから、レオンは少しだけ後悔する。
(……余計なこと言ったか)
「……どうだろうね」
ユイは少しだけ考えてから、笑う。
「現実だと、無理だけどね」
「……」
「でも、ここなら僕……」
パンを並べながら、続ける。
「失敗しても、大丈夫だから」
その言葉は、軽く言っているようで、どこか切実だった。
「……」
レオンは何も言えずに、ただ見ている。
その時だった。
視界の端に、あの文字が浮かぶ。
【対人補正:最適応答誘導】
「……っ」
一瞬だけ、息が詰まる。
(……まただ)
タイミングが良すぎる。
まるで――
(……言えってことかよ)
この状況で。この空気で。
この言葉を口にしろと。
「……別に」
レオンは、わざと視線を逸らす。
「お前なら、現実でも……できるだろ」
言った。
だが、言わされた感覚が残る。
本当は、もっと違う言い方があった気がする。
でも、それは出てこなかった。
「……そっか」
ユイは、小さく笑う。
「そうだったら、いいんだけど。えへへ」
「……」
レオンは黙る。
今の言葉は、本当に自分のものだったのか。
それとも――
◇
ユイのバイト期間が終わり、店を出る。
夕方の光が、街を染めていた。
「レオン。今日は、一緒に来てくれてありがとうね」
ユイが言う。
「……別に」
短く返す。
それだけでいいはずなのに――
「……退屈は、しなかったかな……」
(バカ……、俺また余計なことを)
「僕は……凄く楽しかったよ」
「……」
そのユイが言う“楽しかった”が。
あまりにも、まっすぐで。
(……それも、“対人補正”か?)
疑ってしまった。
「……なあ」
「うん?」
「それ……」
言いかけて、止まる。
聞くべきか?
聞いたら、どうなる?
「……それ、本当に思ってるのかよ」
口に出していた。
「……え?」
「その……楽しかった、とか」
言葉が雑になる。
「そういうの……」
――ゲームのシステムのせいじゃないのか?
そこまでは言えなかった。
ユイは、少しだけ驚いた顔をする。
それから、ゆっくりと考えるようにして。
「……わからない」
そう言った。
「え?」
「正直、僕もわからない」
視線を少しだけ落とす。
「だって僕、この世界では常に“正しい言い方”ばっかり考えてるし……。
それが、本当に思ってることなのか、自分でもわからなくなる時が……ある」
「……」
レオンは何も言えない。
「でも……」
ユイは顔を上げる。
「ログアウトした後も、思ってるよ」
「……何を」
「レオンと話すの、楽しかったなって。
また明日もいるかなって」
まっすぐな視線。
逃げも、ごまかしもない。
その瞬間、また文字が浮かぶ。
【対人補正:関係深化】
「……」
レオンは、それを見た。
はっきりと。
そして――
(……ふざけんな)
初めて、憤りを感じた。
(そんなシステムなんかで決められてたまるか)
「……俺は」
口を開く。
今度は、“誘導”じゃない。
自分で選ぶ。
「俺は、お前といるのは楽しいとは思ってねぇ」
「……え?」
ユイが目を見開く。
「……でも、つまらなくはない」
少しだけ、間を置いて。
「……また話してもいいとは思ってる」
それは、不器用で。
全然“最適”じゃなくて。
……でも、確かに自分で選んだ言葉だった。
「……うん」
ユイは、驚いた顔のままだ。
それから、ゆっくりと笑う。
「それで、いいよ」
やわらかい声。
「その方が、僕、なんか安心する」
「……は?」
「だって、レオンの言葉で“ちゃんと選んでくれてる感じ”がするから」
「……」
レオンは何も言えない。
ただ、胸の奥の違和感が少しだけ形を変えた。
この世界で交わされる言葉は、本当に“自分のもの”なのか。
それとも、“選ばされているだけ”なのか。
その答えを、まだ二人は知らない。
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