02.この気持ちは、俺の意思であって欲しい
昨日、初めてこのゲームに触れたばかりなのに、またログインしようとしている。
レオンはしばらくの間、視界の中央に浮かぶ無機質な文字を見つめていた。
『ログインしますか?』
理由なんてない。
ただ、他にやることがなかっただけだ。
視線を横に動かす。
【レオン】
プレイヤー名が表示されている。
現実の自分とは切り離された、仮の名前。
「……ログイン」
指先で触れると、視界が白に溶けた。
◇
石畳の感触。
風の流れ。
人の気配。
現実よりも整った世界。
「……そういや、ここで中断したんだったな」
レオンは中央通りに立っていた。
まずはNPCの依頼でも受けてみるか……。
慣れたらプレイヤー同士でもやり取りして――
そう思った時だった。
「……」
視線が止まる。
人混みの中に、見覚えのある動き。
身体は華奢で身長は160くらいに見える。
少しもっさりとした黒い髪。
ぎこちない歩き方と、周囲を気にする視線。
(……ユイ)
名前が浮かぶ。
あの後、ブティックで服装を整えたようだ。
それでも、初心者らしさは消えていないが。
(……別に)
関わる理由はないと思い、視線を外した。
――そのはずなのに。
「……」
もう一度、彼を見ていた。
(……俺、なんでアイツのことを気にしてんだ)
自分でも理由は分からない。
ただ、このまま無視するのは、少しだけ引っかかる。
「……おい」
気づけば、声をかけていた。
「あっ、レオンだよね。
昨日はありがとう」
振り返ったユイが、自然に言う。
「……別に、俺は何もしてないが」
「そんな事ないよ。
お陰でいい服買えたもん」
「……そうか」
短い会話。
それで終わるはずだった。
「このあと、レオンは何か予定あるの?」
「……特には」
反射的に答える。
「じゃあ……、よかったら一緒に回ってみる?」
「……」
レオンは黙って、断る理由を探した。
――しかし、ない。
本当は理由なんか何でもいいはずなのに。
(……断る理由が、出てこねぇ)
妙な違和感。
「……まあ、お前となら……いいかな」
(こんな恥ずかしいセリフ、現実だったら絶対に口に出さねぇぞ……)
「ほんと? ありがとう」
ユイが少しだけ笑う。
その反応が、妙に自然で逃げ場がなかった。
◇
しばらく二人で歩くと、気づいたら街のはずれに来ていた。
「ねぇ、レオン。このゲームってさ」
歩きながら、ユイが言う。
「僕が思ってたのと、ちょっと違ったかも」
「……何がだ」
「なんか、もっと戦うゲームかと思ってた」
二人は通りを見渡す。
鍛冶屋で働く者。
店を開く者。
談笑する者。
「なんて言うか、このゲームの世界で、生活してる感じ……だよね」
「……ああ。そりゃあな」
レオンは頷く。
「このゲームは“役を演じる”ゲームだろ?」
「役を……演じる?」
「王族とか、商人とか。
そういう立場を選んで、その通りに振る舞う。
ロールプレイ、略してロープレ」
――学校とか会社でやらなかったか?
そう聞こうと思ったが、レオンは声に出さなかった。
いや、なぜか出せなかった。
「へぇ……」
ユイは少し考えるようにしてから、言った。
「僕、説明書とかあんまり読んでなくて」
「……読まないで買ったのかよ」
「実は、主治医に勧められて、始めただけだから」
「……」
一瞬、思考が止まる。
(……主治医?)
その単語が引っかかった。
病院。治療。通院。
どれも、この場には不釣り合いな言葉だ。
だが、無視もできない。
「……体の方か?」
できるだけ軽く聞く。
踏み込みすぎないように。
「ああ……ううん、心の方」
ユイはあっさりと答えた。
「僕、不登校でさ。
人と話すの、ちょっと苦手なんだ」
少しだけ視線を逸らす。
「だから、こういう場所で練習してみたらどうかって、主治医の先生が言ってくれて」
「……そうか」
短く返す。
それ以上は聞かない。
聞くべきじゃないと、直感でわかる。
けれど――
(……そういう理由でここにいるのか)
さっきから感じていた違和感が、繋がる。
ユイが言葉を選ぶ間。
そして、少しだけぎこちない会話。
全部、理由があった。
「……まあ、いいじゃねぇか」
ぽつりと呟く。
「え?」
「ここなら、失敗しても困らねぇし」
肩をすくめる。
「少なくとも現実よりは、やり直しが利くからな」
「……うん。そうだね」
ユイは小さく頷き、少しだけ安心したように笑った。
「……」
レオンは何も言わない。
ただ、“練習”という言葉が、なぜか頭に残った。
(……人と話すための。
それが、コイツのゲームの使い方だというのなら、俺は何のためにやっている……?)
一瞬だけ、そんな疑問がよぎる。
だが、それを深く考える前に――
「ねえ、レオン」
「……なんだ」
「さっき、僕のこと聞いてくれたでしょ?」
「……ああ」
「だから、その……もしよかったら」
ユイは少しだけ、言葉を選んでいる。
「レオンは、どうしてこのゲーム始めたのか、聞いてもいい?」
「……」
レオンは黙る。
(現実の俺なら、テキトーに答えて会話を終わらせる。
なんつーか、こういう奴は一番苦手なタイプなんだよな……)
なのに――
「……別に、大した理由じゃない」
ちゃんと答えてやろうと、口が開く。
「ただ……現実が、面倒だっただけだ」
「……そっか」
ユイは頷き、それ以上は聞かない。
――はずだった。
「どんな感じに、面倒だったの?」
やわらかい声。
逃げ道を残したままの問い。
「……」
レオンはわずかに眉を寄せる。
答える必要はない。
なのに――
「……仕事だ」
言葉が勝手に出る。
「会社に入って、上の指示を聞いて、間違いのないように動くだけで――」
少しずつ、言葉が増えていく。
「……自分で決めることなんて、ほとんどない」
レオンは吐き捨てる。
胸の奥に溜まっていたものが、少しだけ漏れる。
「……だから、せめてゲームでは――」
息を吐き、言葉が一瞬止まる。
「……自分で選んで、“自由”に動ける場所が欲しかった」
その瞬間、レオンの視界の端に文字が浮かぶ。
【対人補正:最適応答誘導】
ほんの一瞬現れ、すぐに消える。
「……?」
違和感。
だが、思考が追いつく前に――
「そっか」
ユイの声が重なる。
自然すぎるタイミングで。
「じゃあ、このゲーム、レオンにピッタリかもね」
「……どうだろうな」
レオンは視線を逸らす。
「まだ、よくわからねぇ……」
ユイは少しだけ笑う。
「さっき、“一緒に回る”って決めたのはレオンだよね」
「……」
言葉が詰まる。
「それって、ちゃんと“自分で決めてる”って事だと思う」
やわらかい声。
押しつけでも、慰めでもない。
ただ、事実みたいに言う。
「……」
レオンは否定ができなかった。
そして、胸の奥にわずかな違和感が残る。
さっきの表示。タイミング。言葉。
全部が、妙に噛み合いすぎている。
「……」
だが、結論は出そうになかった。
◇
またしばらく歩いて、中央広場に戻ってきた。
「レオン、今日はありがとう!
また会えたらいいね」
「……ああ」
短く返すと、ユイは去っていった。
レオンはその背中を、少しだけ見ていた。
「……」
交流盛んな広場で一人になる。
すると、視界にウィンドウが開いた。
『一件のフレンド申請があります』
「……フレンド、必要か?」
なくても困らない。
だが……、ない方が不自然だ。
「……まあ、いい」
すると、承認した瞬間。
【対人補正:関係維持】
また一瞬だけ表示され、消える。
「……」
レオンは何も言わずに、ただ歩き出す。
――自分の意思で。
そう思った。
しかし、さっきのユイの言葉が蘇る。
『それって、ちゃんと“自分で決めてる”と思う』
「……」
胸の奥に、わずかな引っかかり。
肯定されたはずの言葉が、なぜか重く残る。
(……けど俺、またアイツと話したい)
――この感情すら、本当に自分で決めているのか。
その疑問は、小さな棘のように残り続けた。
やがてそれが、無視できないほどに大きくなることを、この時のレオンはまだ知らない。
「面白かった!」「続きが気になる!」と思ったら、 下にある⭐︎⭐︎⭐︎⭐︎⭐︎から、作品への応援をお願いいたします!(つまらなかった星一つで大丈夫です。)
どんどん投稿しますので、ブックマークも是非ご利用ください!
※作者は特級の声優ヲタです。キャラクターの脳内再生CVなど、お気軽に自由なコメント待ってます!




