01.この世界で、新しい自分になるんだ
ユイはVRゴーグルを装着した。
『ログインしますか?』
視界の中央に浮かぶ文字を、しばらく見つめる。
白く、無機質なフォント。
現実よりも現実らしく整った表示。
ここまで来るのに、思っていたより時間がかかった。
「……はぁ」
小さく息を吐く。
ため息というより、覚悟を押し出すための呼吸に近い。
やらなきゃいけない。
そう決めたのは、自分だ。
これは“リハビリ”なんだから。
現実で人と話せないなら、まずは安全な場所で。
失敗してもやり直せる場所で。
――そう主治医に説明された。
納得はしていない。
でも、否定もできなかった。
だから、ここにいる。
「……ログイン」
“自分の意思”で、表示に触れる。
次の瞬間、視界が白に溶けた。
◇
「……ここ……は?」
風がある。
最初に感じたのは、それだった。
頬を撫でる空気の流れ。
温度も、湿度も、やけにリアルで、思わず目を細める。
「……すご」
呟きが漏れる。
足元には石畳。
遠くには城壁。
視界の端を、マント姿の人影が横切る。
まるで、中世ヨーロッパのような、日本とは別の異世界だった。
『ようこそ、《ロールプレイ・ファンタジア》へ』
頭の中に直接響くような声と共に、チュートリアルウィンドウが開く。
操作説明。
基本行動。
推奨ルート。
ユイは、それを確認していく。
「……とりあえず、街に行こうかな」
視線を上げる。
門の向こうに広がる都市。
人の流れ。
雑踏の音。
現実よりも、少しだけ整いすぎた喧騒。
――ここなら。
ここでなら、ちゃんとやれる。
人と話すことも。
関係を作ることも。
全部、“正しく”できるはずだ。
そのために来たんだから。
◇
「――そっちじゃないな」
街へ向かって歩いていると、不意に、声が降ってきた。
ユイは足を止める。
「え?」
振り返ると、そこにいたのは、黒いマントを羽織った青年だった。
背は高く、姿勢はまっすぐで。
どこか、場に馴染みすぎている。
その視線は、こちらを正確に捉えていた。
「その格好……、お前、初心者だろ?
なら、まず行くべきは中央通りのブティックだ。
そっちの方向は遠回りになるぜ」
淡々とした口調。
指摘だけして、興味を失ったように視線を外す。
……“その格好”って……。
ユイが自分の身体に視線を落とすと、なんと……白い布一枚を腰に巻いているだけだった。
男性用の初期装備らしい。
「わわっ!
あ、えっと……教えてくれて、ありがとうございます」
腕で身体を隠しながらも、とりあえず礼を言う。
言い方は……、問題ないはずだ。
しかし――
「……じゃあ、良い旅にしてくれ」
青年はそっけなく返事して、歩き出した。
それで終わり。
会話は、続かなかった。
(僕の言い方……、間違えたかな……)
ユイは一瞬だけ迷って、口を開く。
「あの……!」
呼び止めると、青年はわずかに振り返った。
「その格好……、お前、初心者だろ?
なら、まず行くべきは中央通りのブティックだ。
そっちの方向は遠回りになるぜ」
またも、淡々とした口調。
というか、全く同じセリフだ。
この人はいわゆるNPCというやつだった。
「ありがとう。
あっちに行けばいいんですね?」
「……じゃあ、良い旅にしてくれ」
またも青年はそう言うと、その場をぐるぐると歩き始めた。
ユイはそのNPCに言われた通りに、ブティックを目指して歩を進めた。
◇
ブティックに到着すると、中からいかにも王族のような風貌の男が出てきた。
宝石やら貴金属やら、ギラギラのアクセサリーを全身に纏い、背中には赤いシルクのマントをなびかせている。
ガタイがよく、身長は180センチくらいある。
その漆黒の髪の長さは、ベリーショートというのだろうか。
ユイは一瞬、足を止めた。
(……すごいな)
率直な感想だった。
現実ならまず見ない格好だが、この世界では妙に“それらしく”見える。
ただ、それ以上に気になったのは――
(あれは、プレイヤー……だよね?)
NPCにしては、装飾がやけに過剰だ。
そして何より、さっきの“同じセリフを繰り返す人”と違って、視線に揺れがある。
ほんの一瞬だけ、目が合った。
「……」
男は何も言わず、すぐに視線を逸らした。
そして、何事もなかったかのように歩き出す。
だが、その足取りはわずかに不自然だった。
速すぎるわけでも、遅すぎるわけでもない。
ただ、“どう歩けばいいか考えながら歩いている”ような違和感。
(……あ)
ユイは気づく。
(この人、僕と同じなんだ……)
初めての世界で、どう振る舞えばいいのかわからない感じ。
ほんの少しだけ、親近感が湧く。
(……話しかけてみる?)
迷う。
(でも……、こういうのも“リハビリ”……だよね)
意を決して、一歩踏み出す。
「あの……」
ユイが声をかけると、男はぴたりと止まった。
そして、ゆっくりと振り返る。
近くで見ると、やはりすごい装飾だ。
腕輪、首飾り。そして、やけに目を引く指輪。
どれも光を反射していて、眩しい。
だがその奥にある表情は、少しだけ警戒している。
「……なんだ?」
低い声。
威圧感のある響き。
けれど、その奥に少しぎこちなさが混じっている。
「その……」
ユイは一瞬だけ言葉を選ぶ。
ここで間違えたくない。
自然に……、不快にさせないように。
「すごく……立派な装備だなって」
無難な褒め言葉を選んだ。
間違いではないはずだ。
だが――
「……そうか」
と、短い返答。
会話は続かなかった。
(……あれ、何か足りなかった?
間を繋ぐべき?
でも、押しすぎるのもよくないよね?)
少しだけ焦る。
(ど、どうしよう。正解が分からない……)
「……」
「……」
しばらくの気まずい沈黙。
ほんの数秒なのに、やけに長く感じる。
先に口を開いたのは、男の方だった。
「……お前も、今日からか」
「え?」
「その格好」
ちらりと視線を下げられる。
ユイは慌てて腕で身体を隠す。
「あ、うん……そうです」
「……」
男は少しだけ目を細める。
「なら、早く中に入れ」
ブティックを顎で示す。
「課金なんかしなくたって、それなりにいい服はあった。
……とにかく、そのままだと目立つ」
「そう……ですね」
苦笑いしながら頷く。
「ありがとうございます!」
自然に礼を言えた気がする。
「……別に、礼を言われる事じゃないが」
男はそっけなく返す。
だが、さっきよりほんの少しだけ柔らかい。
「じゃあ……さようなら」
ユイはそう言って、ブティックの扉に手をかける。
その時――
「……待て」
と、男に呼び止められた。
「――お前、名前は」
短い問い。
少しだけ、ためらいが混じっている。
ユイは一瞬だけ驚いて、それから答える。
「ユイ」
「……ユイか」
男はその名前を、確かめるように繰り返す。
そして――
「レオンだ」
男は名乗った。
「レオン……」
ユイは自然に復唱する。
その響きは、この世界の空気に妙に馴染んでいた。
「よろしくね、レオン!」
(どうしよ、タメ口で言っちゃった……)
その瞬間、視界の端にウィンドウが開いた。
【対人補正:適用】
一瞬だけ、文字が浮かぶ。
(……え?)
思考が追いつく前に、それは消えた。
「……ああ」
レオンは短く頷き、それ以上は何も言わない。
でも、さっきより、ほんの少しだけ距離が近い気がした。
それだけで、十分だった。
(……ちゃんと“正しく”話せたかも)
胸の奥に、小さな達成感が生まれる。
(大丈夫……、少しずつでいい。
こうやって“リハビリ”していけば、きっとうまくいく)
ユイはそう信じて、ブティックの中へと足を踏み入れた。
その背後で、レオンはしばらくその扉を見つめていた。
「……」
やがて、小さく息を吐く。
「……なんだ、あいつ」
そう呟いてから、ゆっくりと視線を落とす。
自分の腕。
そこに輝く、過剰な装飾。
ゲームを始めて、最初にやったこと。
――課金。
理由は単純だ。
“舐められたくなかった”。
それだけ。
「……くだらねぇな」
小さく吐き捨てる。
けれど、さっきのやり取りが頭から離れない。
『よろしくね、レオン!』
あの自然な言い方。
押しつけでも、媚びでもない。
ただ、そこにあっただけの言葉。
「……」
胸の奥に、わずかな違和感が残る。
理由はわからない。
ただ……、さっきのやり取りが、妙に引っかかる。
「……まあ、いい」
そう呟いて、歩き出す。
――自分の意思で。
そう思えた。
だが、その選択が、本当に自分のものだったのか――
今はまだ、誰も知らない。
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※作者は特級の声優ヲタです。キャラクターの脳内再生CVなど、お気軽に自由なコメント待ってます!




