22.選びたいという祈り
白い空間。
音も、温度も、現実感も薄い場所。
そこにただ一つ、脈動だけが確かに存在していた。
中央に浮かぶコア。
それはまるで心臓のように、ゆっくりと鼓動している。
ユイとレオンは、その前に立っていた。
そして――
「……君たち、ここまで来ちゃったんだね」
背後から、声がした。
振り向くと、そこにいたのは、タチアナだった。
いつもの彼女だが、この空間に、あまりにも“馴染みすぎている”。
「……タチアナさん」
ユイが小さく呼ぶ。
タチアナは、少しだけ笑った。
「まさか、本当にここまで来るとは思わなかったわよ〜」
軽い口調。
でも、その目はまっすぐだった。
「俺たちを止めに来たのか?」
レオンが低く言う。
「……どうだろうね」
タチアナは曖昧に返す。
そして、ゆっくりとコアへ視線を向けた。
「それを壊せば、きっとこの世界は変わるわ」
静かな声。
「補正も、ロールも、全部なくなるかもしれない」
ユイは息を飲む。
「……分かってる」
「本当に?」
タチアナが振り返る。
「私、君らに優しくなくなるかもしれないよ?」
その言葉は、責めるようではなかった。
ただ、確認するような響き。
そして、続ける。
「私だけじゃない、他の誰も助けてくれなくなるかもしれない。
間違えたら、そのまま関係が壊れるかもしれない。
……それでも?」
ユイは、ほんの一瞬だけ目を伏せた。
怖くないわけじゃない。
でも――
「……うん。それでも、選びたい」
顔を上げ、はっきりと答えた。
タチアナは、ユイをじっと見つめる。
何かを測るように。
確かめるように。
「……そっか」
小さく、呟いた。
沈黙が落ちる。
やがて――
「ねぇ、君たち」
タチアナが口を開いた。
「全部、“決められてる”ことの何が悪いの?」
その問いは、静かだった。
でも、重かった。
ユイは言葉を詰まらせる。
否定できない。
この世界は、優しい。
誰も傷つかないように、壊れないように作られている。
それは――間違いなく救いではあった。
「……悪くは……ないと思う」
ユイは正直に言った。
「僕も、最初は助けられてたし」
タチアナの目が、わずかに揺れている。
「でも僕は……」
ユイは静かな声で話す。
「“僕が選んでる”って思えないと……やっぱり、苦しかったから」
タチアナは何も言わない。
ただ、じっと聞いている。
ユイはゆっくりと言葉を選ぶ。
「……傷つかないのは、きっと、大切なこと。
でも、その代償に、何も選べないっていうのは……ちょっと違う気がする」
少しだけ、笑う。
「僕は、間違えてもいいから、自分で選びたい」
それが答えだった。
長い沈黙。
コアの鼓動だけが響く。
ドクン、ドクン、ドクン、ドクン。
「……贅沢だね」
タチアナがぽつりと言った。
ユイは目を瞬かせる。
「選ぶってこと自体が……できない人だっているのよ」
タチアナはコアを見つめたまま続ける。
その声は、どこか遠かった。
「現実ではさ、体を動かすことさえ、ままならない人間だって……いるのよ」
ユイの胸が、ぎゅっと締め付けられる。
「私はね、動けない、話せない、外にも出られない。
そういう身体で産まれたの」
淡々とした口調。
「だから……、選ぶどころじゃないんだよ」
沈黙。
その言葉の意味を、すぐには理解できなかった。
しかし、しばらくして、ふと繋がる。
「……タチアナさん、もしかして――」
言いかける。
タチアナは、少しだけ肩をすくめた。
「……まぁ、そんなところ」
はぐらかす。
その時――
「……あんたが選べないからって……なんだよ」
レオンが低く言う。
「選べないやつがいるから、選ぶなって話にはならねぇだろ」
「……レオン」
ユイはどちらの言い分も分かってしまう。
故に、心が苦しい。
しかし、タチアナはレオンを否定しなかった。
「別に私は、押し付けたいわけじゃないんだよ……。
……たださ」
少しだけ間を置く。
「この世界は、優しかった。
私には、救いだった」
その言葉は、確かな実感だった。
「動けるし、話せるし、誰かと関われる」
コアに手を伸ばす。
「この世界が、本当に幸せで、楽しいんだよ」
ユイは、何も言えなかった。
軽々しく否定できるものじゃない。
タチアナは振り返る。
「だからね、ずっとこのままでいいって、思ってる。
いや、思ってた……。
でも――」
正直な言葉。
そこに嘘はなかった。
その“でも”という言葉に、全てが詰まっていた。
タチアナは、ユイとレオンを見る。
二人は、手を繋いだままだった。
「……もしさ、君らがコアを壊して、補正がなくなって、ロールがなくなって……。
この世界そのものが無くなって、関係も、記憶も、全部消えたら……どうするの?」
タチアナは試すように問う。
ユイは、少しだけ考えて――
「その時は……」
レオンの手を、少しだけ強く握る。
「……たぶん、後悔すると思う」
ユイは正直に言った。
「僕はいつも、間違ったことばかりを選んでしまう。
もしかしたら全部ダメにするかもしれない」
そのまま、言葉を重ねる。
「逃げたくなるかもしれないし、やらなきゃよかったって思うかもしれない」
少しだけ、間を置く。
「でも……」
レオンの手を、さらに強く握る。
「それでも、“自分で選んだ”って思えるなら……、その後悔は、ちゃんと僕のものだから」
はっきりと、言い切った。
静寂。
タチアナは、しばらく何も言わなかった。
やがて――
「……いいかもね、それ」
タチアナは小さく笑った。
どこか、嬉しそうに。
「実は、君たちのお陰で、私も“選ぶ”って言葉の意味が分かった気がしてたんだ……」
ユイは、少し驚いたように目を瞬かせる。
「タチアナさん……?」
「私はね――」
コアに手を触れる。
「私は、ずっとこのゲームの世界にいる。
それがあまりにも長いもんだから、“うまくいくこと”が当たり前になってたのかも」
その声は、静かだった。
「最初はね、楽しかったんだよ。
この世界でなら、歩ける、声が出せる。
しかも、何やっても失敗しないし、人との会話も弾むし……」
指先が、わずかに震える。
「でもね、それって、本当に“私が選んだ結果”なのかなって、分からなくなってきたの。
……だからさ、“補正なしの世界”も、見てみたくなったのよ」
タチアナは、少しだけ笑う。
その言葉に、ユイは目を見開いた。
「……止めないの?」
「それがおかしな事にさ、君らを止める理由が、君らのせいで、なくなっちゃった」
あっさりと返される。
「今はむしろ、見てみたいって気持ちの方が強いかな。
君たちが選んだ未来を、感じたい」
レオンが、ふっと笑う。
「……本当に、いいのか?」
タチアナは軽く肩をすくめた。
「誰かが決めた正解より、自分で選んだ間違いの方を――私は、信じたい
今は私も、自分で選ぶ楽しさを感じたいって思ってる」
ユイは、少しだけ笑った。
「……うん。ありがとう、タチアナさん」
一歩、前に出る。
コアはすぐそこにある。
ドクドクドクドク。
さっきよりも、鼓動が速くなっている。
それが放つ光を見つめながら――
(……これが僕の、最後の選択)
レオンを見る。
何も言わなくても、分かる。
「……行くぞ」
「うん」
二人で、手を繋いだまま、コアに触れた。
光が、弾ける。
世界が、白に染まる。
音が消える。
時間が止まる。
それでもユイは、確かに感じていた。
(他の誰でもない、自分で選ぶ。
……これは、祈りだ。
それでも選びたいっていう、僕の――)
その瞬間――
世界が、わずかに軋んだ。
そして、すべてが――
崩れた。
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※作者は特級の声優ヲタです。キャラクターの脳内再生CVなど、お気軽に自由なコメント待ってます!




