final.今度こそ、自分で選び抜く
白が、砕けた。
音もなく、世界が崩れていく。
触れていたはずの手の感触が、ほどけていく。
(……あ)
何かが終わる。
確かにそう分かるのに、不思議と怖くなかった。
(僕は――)
最後に思い出したのは、たった一つ。
(……ちゃんと、選んだ)
それだけだった。
◇
そして――視界の中央に、白い文字が浮かぶ。
『ログインしますか?』
見覚えのある、無機質なフォント。
どこかで見た。
いや、知っている。
……はずなのに。
「……あれ」
ユイは、小さく首を傾げた。
なぜか、胸の奥がざわついている。
理由は分からない。
でも――
(……ここ、初めてじゃない気がする)
根拠はない。
けれど、その感覚だけは、やけに確かだった。
指先が、わずかに震える。
なぜ震えているのかも、分からない。
それでも――
「……ログイン」
触れた。
白が、視界を満たす。
◇
風が、頬を撫でる。
石畳。
遠くの喧騒。
すべてが、やけにリアルで。
「……すご」
自然と、呟きが漏れた。
初めてのはずなのに。
どこか、懐かしい。
【対人補正:OFF】
視界の端にログが浮かぶ。
意味は分からないまま、消えていった。
そのまま、ユイは街へ向かった。
門を抜けて、人の流れに入る。
(……なんだろ)
胸の奥に、微かな引っかかり。
何か、大事なことを忘れているような。
でも、それが何なのかは分からない。
「……とりあえず」
身体に視線を落とす。
……服。まずは服を揃えなくてはならない。
(……中央通りのブティック、だった気がする)
気がする、という曖昧な確信。
ユイはその感覚に従って、歩く。
◇
ブティックの前で、足を止める。
その瞬間、扉が開き、中から一人の男が出てくる。
豪奢な装備。
過剰な装飾。
ギラつくアクセサリー。
(……すごいな)
自然と、そう思った。
だが、それ以上に――
(……なんだろう。
初対面なのに、関わり方を“間違えたくない”)
そんな感覚が走った。
男はすぐに視線を逸らす。
そして、歩き出そうとする。
少しだけ、不自然な足取りで。
(……どうしよう)
話しかけるか。やめるか。
頭の中で、選択肢が浮かぶ。
無難な言葉。
安全な言い方。
失敗しない方法。
何も思いつかない。
前なら、きっと“正しい言い方”を探していた。
でも今は――
(……分からない)
正解が、分からない。
だけど、この人と話してみたい。
「……あの」
声をかけると、男は止まった。
そして、ゆっくりと振り返る。
「……なんだ?」
低い声。
少しだけ、警戒が混じっている。
ユイは、言葉に詰まる。
何を言えばいいか分からない。
正解なんて、分からない。
それでも――
(……選ぶ)
息を吸う。
「その装備、すごいけど……、ちょっと派手すぎない?」
(やばい、失敗したかも)
でも、もう遅い。
男の目が、わずかに細くなる。
空気が、張り詰める。
……沈黙。
ユイは逃げ出したくなった。
やっぱり、無難に褒めればよかった。
そう思いかけた、その時――
「……まあ」
男が、ぽつりと呟いた。
「そう見えるかもな」
「……え?」
予想外の返答に、ユイは目を瞬かせる。
男は少しだけ視線を逸らしながら、続ける。
「舐められたくなくて、課金しただけだ」
ぶっきらぼうな言い方。
でも、その奥にあるのは、どこか正直さだった。
「……そっか」
ユイは小さく頷く。
それだけで、少しだけ空気が緩む。
(……あれ)
さっきより、話しやすい。
なぜかは分からないけど。
「お前は?」
男が聞く。
「え?」
「その格好」
視線が下に向く。
「あ、うん……さっき始めたばっかりで……」
「……なら、早く中に入れ」
ブティックを顎で示す。
「そのままだと目立つ」
「うん、そうだね」
少しだけ笑う。
自然に返せた気がした。
「……ありがと」
「……別に」
短い返答。
でも、さっきより柔らかい。
少しの沈黙。
でも、気まずくはなかった。
(……なんだろう)
胸の奥が、じんわりと温かい。
理由は分からない。
でも――
(……これでいい気がする)
その時、男が口を開いた。
「……名前は」
「え?」
「お前の」
少しだけ、ためらいが混じっている。
ユイは一瞬だけ驚いて、それから答える。
「ユイ」
「……ユイか」
男は、その名前を確かめるように繰り返す。
そして――
「レオンだ」
名乗った。
その瞬間、胸の奥が強く震えた。
(……この人とは、もっとちゃんと話したい)
ユイは、少しだけ笑って。
「よろしくね、レオン」
そう言った。
今度は、迷わなかった。
正しいかどうかじゃなくて。
ただ、自分で選んだ言葉だった。
レオンは一瞬だけ目を細めて。
「……ああ」
短く、頷いた。
それだけ。
それだけなのに――
確かに、何かが始まった気がした。
◇
ユイとレオンは意気投合……とはお世辞にも言えなかった。
今は成り行きで二人で街の散策をしている。
……沈黙。
二人の間に会話はない。
だがその時――
「そこのお兄さんたち〜!
うちのポロメスチーニ、食べて行きなよ!
一応、カップル限定の割引もやってるけど……、興味ある?ふふふ」
陽気な銀髪の女性に声をかけられた。
「んー、ポロメスチーニって、なんだろ?」
「気になるなら、行ってみるか」
こうして、二人の“対人補正”のない関係がスタートした。
◇
そして、話は現実に戻る。
ユイは、自分の部屋でゆっくりとVRゴーグルを外した。
「……」
余韻で、しばらく動けない。
胸の奥に、何かが残っている。
名前も、記憶も、ハッキリとは思い出せない。
それでも――
(……あのレオンって人、また会える気がする)
理由のない確信。
ユイは立ち上がって部屋を出る。
これからバイトの面接だ。
◇
街を歩く。
そして――角を曲がった、その瞬間。
誰かと、ぶつかった。
「……っ」
「……悪ぃ」
低い声。
顔を上げると、そこにいたのはスーツ姿の男性。
手には、“転職セミナー”と書かれた紙を持っていた。
「……」
「……」
一瞬、視線が交わる。
知らないはずの顔。
なのに、なぜか分かる。
(……あ)
きっと、同時に思ったが、言葉にはならない。
でも――
確かに、何かが繋がった。
「……」
「……」
さらに沈黙。
でも、不思議と嫌じゃない。
ユイは、ほんの少しだけ笑って。
「……ごめんなさい」
それを、自分で選んだ。
男は少しだけ驚いた顔をして――
「……いや」
短く返す。
それだけのやり取りなのに、二人は確信する。
これは――新たな関係の始まりだ。
二人は別々の方向へ歩きだした。
今度は、誰かが決めた正解じゃなく、自分で選んだ道。
(あの人とは、きっとまた会う気がする。
その時は――)
(声かけてみようかな) (声かけてみっか)
最後まで読んでいただき、本当にありがとうございます。
「人との関係って、本当に“自分で選んでいる”んだろうか?」
この物語を書き始めたとき、最初にあったのは、このシンプルな疑問でした。
空気を読んで、相手に合わせて、嫌われないように言葉を選ぶ。
それは優しさでもあるし、処世術でもある。
でも同時に、「自分で選んでいない」ような感覚が、どこかに残ることもある。
もし、それを全部“最適化”してくれるシステムがあったらどうなるのか。
きっと人間関係は、今よりずっと楽になると思います。
傷つくことも、間違えることも、少なくなるはずです。
でもその時、そこにある関係は、本当に「自分のもの」だと言えるのでしょうか。
ユイは「正しくありたい」と願う人間。
レオンは「自分で選びたい」と願う人間。
タチアナは「選べなかった」人間。
三人とも違う場所に立ちながら、同じものに触れて、それぞれの形で「選ぶ」ということに向き合ったのだと思います。
そして最後に、彼らは世界を壊しました。
正解が用意された関係も、うまくいくことが保証された未来も、全部手放しました。
その選択が正しかったのかは、分かりません。
もしかしたら、次はうまくいかないかもしれない。
すれ違って、関係が続かないかもしれない。
それでももう一度、最初から関係を始めることを選びました。
この物語は、その一点だけを信じています。
人はきっと、何度でも選び直せる。
そしてその選択は、誰かに用意されたものではなく、自分で掴み取ったものであってほしい。
作者はそう願っています。
最後に。
もしこの物語を読んで、ほんの少しでも「誰かとの関係」を考えるきっかけになったなら、それ以上に嬉しいことはありません。
ここまで読んでくださり、本当にありがとうございました。
いつか、三人の“選び直した先の物語”を書けたらと思います。
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※作者は特級の声優ヲタです。キャラクターの脳内再生CVなど、お気軽に自由なコメント待って




